『ハムレット』(シェイクスピア)
英語版…研究社叢書
日本語訳…角川文庫、河合祥一郎版 千城、平松秀雄版など多数。
〜ストーリー〜
デンマーク、エルシノアの城で亡霊が出るらしいということで、ラテン語(亡霊はラテン語しか通じないという噂があった)ができる学者で王子の親友であるホレイシオが亡霊チェックにやって来る
→故デンマーク国王の亡霊らしいということで、王子ハムレットを連れてきたほうがよかろうという話になる
→その頃城では結婚式の真っ最中、故デンマーク国王の寡婦ガートルードが夫の弟クローディアスと結婚しようとしている
→ぶーたれる息子のハムレット。何だか知らんが気が沈んでどうしようもないらしい。
→結局亡霊を見に行くことにする。行った先で父の亡霊に「俺を殺したのは弟(ハムレットの叔父)だから復讐しろ」と言われ、一瞬やる気まんまんになる。
→一瞬やる気満々になった後、急に頭がおかしいような様子になり、みんなを心配させる
→なぜか復讐しない(しかも恋人オフィーリアに八つ当たりする。)
→心配なので、王殺しの芝居を打ってクローディアスをびびらせ、証拠をつかもうとする
→やっぱり復讐しない(チャンスはあったのに!)
→芝居の席で無礼だったということで母親に呼ばれたとき、盗み聞きしていたポローニアスをクローディアスと間違って殺害(ほんとに狂ってんじゃないの?)
→これはあまりにもやばいということで、ハムレットはイギリスにやられる。(イギリスではみんな狂ってるので、ハムレットが行ってもみんな気にしないらしい。)
→クローディアスはハムレットの学友ローゼンクランツとギルデンスターン(通称ロゼギル)に、ハムレットを殺すようイギリス王に頼む書簡を持たせる。
→デンマークではかわいそうなオフィーリアがすっかり狂ってしまい、川に身を投げて(たぶん)自殺する。
→オフィーリアの兄貴のレアティーズがブチ切れる
→イギリス行きの船が海賊船に襲われ、結局イギリスに帰ってきたハムレット。ロゼギルはイギリスに着いたらしいが、ハムレットが旅行中に手紙をすり替えておいたため、自分たちが殺されるハメになった(らしい)。
→そんなハムレットがイギリスからの帰りに出会った葬列は愛しのオフィーリアの葬列。
→オフィーリアの墓に飛び込んで「一緒に埋めてくれ」と言うレアティーズ(こいつ、シスコンか?)
→これを見たハムレット、自分のほうがずっとオフィーリアを愛していたと言ってレアティーズとけんかをする。(ひどい葬式…)
→とりあえずケンカを分けて、ハムレットは去っていく。
→怒り心頭に発したレアティーズは出来心でクローディアスの奸計に与することにし、毒塗りの剣でハムレットと試合を…
→ご丁寧にクローディアスは毒杯まで用意する
→ハムレットとレアティーズは剣の試合をする。しかし途中で剣が入れ替わって差し違えたりとか、ガートルードが毒杯を飲んでしまったり(クローディアスなぜもっと止めない…)して試合は紛糾
→ガートルードが死んだのを見てハムレットは陰謀を悟り、クローディアスを刺し殺す。レアティーズとハムレットは剣の毒で死亡。ホレイシオは殉死しようとするがハムレットに止められる。
→舞台上には死体が四つも…
→ノルウェー王子フォーティンブラスが到着。デンマーク王国を相続しておしまい。
〜分析〜
ボディ・カウント映画なみに死体がたくさん出てくるこの映画。舞台上で死なない人も含めると、死人は9人。
そして誰もいなくなって終わりなので、とりあえず長くて暗い話です…ハムレットがなぜ復讐しないのかは昔から色々な説があり、
フロイト起源のマザコン説が有力だしわかりやすいのですが、実はハムレットのヘラクレス願望だという説もあります。
ハムレットがなかなか復讐しないのは亡霊=超自然的、不合理なもの、情熱的なものと、キリスト教的理性に引き裂かれているからで、
ハムレットは情熱と理性が釣り合ったヘラクレスのような立派な男、神の目にかなうような男になりたいと思っているため(このことは台詞で言ってます)、
亡霊に言われて人を殺すことははたして神の目にかなうのかという点に関して悩んでいるということです。
ところがオフィーリアが死んでしまう場面以降は、自分で運命を創り出すのではなくすべてなるようになれと運を天にまかせる気分
("To be. or not to be"→"Let be.")になったのだそうです。
…これはうちの学科の先生の説。ハムレットはマザコンではなく、ヘラクレス(人間から神にあげられた)願望を持った男だということですね。
シェイクスピアの時代には、ヘラクレスは単なるマッチョではなく学問と知謀をもった英雄としても崇められていたので、ヘラクレスに
情熱と理性が調和しているというなんだか現代日本人にはあまりよくわからない話も十分通ったらしいです。
しかしながらハムレットはマザコンだろうがそうでなかろうがとにかく暗い男で、人生を楽しもうとする気配がみじんもありません。
とくにオフィーリアに対する態度を見ていると、ミソジニー(女性嫌悪)というよりはむしろ肉体嫌悪なのではないかというくらい、
生身の肉体の喜びというものを毛嫌いしています。このあたりがシェイクスピア作品中最も喜劇的で人生を楽しんでいる
人物であるフォールスタッフ(『ヘンリー四世』)とは違うところ。
しかしながらやっぱりこれほどまでに肉体とか楽しみを嫌悪しているという点は、キリスト教の原罪思想が
文化に根付いていない「日本人」にはよくわからないと思います。(←やっぱり、読んでも全然わからない古典早わかり講座ですから…)
ベンヤミンが『ドイツ悲劇の根源』で展開したハムレット論にも、キリスト教的堕罪による「被造物の惨めさ」を中心に据えたメランコリー論
があるのですが、ここまで人間に対して暗い態度をとるのはちょっとキリスト教の悪影響なんじゃないかとも思えてきます。
ベンヤミンは自殺したし、ハムレットもほとんど自殺状態だし…
これ以外にもいろいろ『ハムレット』には論点があります。たとえばオフィーリアやガートルードといった女性を中心にするのもまた面白い。
シェイクスピア悲劇の女性は喜劇の女性ほどいい台詞を言わない気がするのですが、それでも分析のしがいはあります。
(→この問題に関しては、私が去年書いたセジウィックを基本にしたジェンダーの分析がありますので、駄作でもいいという方はここをクリック。)
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