King Lear
鑑賞日時:5/13
場所:早稲田大学大隈講堂
睡眠不足と栄養不足と活動過剰がたたって、当日は目に大隈をつけて疲れ果てて早稲田に向かいました。
余談ですが早稲田はかっこいい…街と大学が一体化しているし、素敵な日本庭園があったり、レストランもあるし、学生に優しい感じの街でした。カネあるんだなぁ…
この『リア王』の公演は教育のためのタダ興行なのですが、上演スタイルはかなり簡素で伝統的な上演とは全然違います。役者は7人くらいしかいなくて、とっかえひっかえいろんな役をやるし、また配役の都合でケントとコーンウォールは出てきません。舞台の脇には太鼓やバイオリン・チェロがあって、あいた役者がそこに陣取って楽器を弾いたり歌ったりして効果音を出すようになっています。そうなるともちろんコーデリアとフールの役はダブルキャストになります(これは普通の上演でもたまに行われます)。
役者の演技に関して言うと、ものすごく悲劇的なコーデリアとおかし哀しいフールを同一人物が演じ分けるのはやっぱりすごく大変なんだなぁ…と思いました。とはいえ女優さんがすごく頑張っていて、結構よかったと思います。リア王も悪くはないのですが、ちょっと演技を抑えすぎのような気もしました。これはエドマンドがすごい熱演だったから対比でそう思うだけかもしれませんが、エドマンドは最初から顔を真っ赤にし、口角泡を飛ばす勢いで激しく独白するし、他の役者にしてもかなりストレートな感情表現をしているのに、リア王はコーデリアを勘当したり娘の仕打ちに腹を立てて出て行くときも取り乱さず抑えた感じの悲しみの表現をしているので、もう少しリアがハイテンションのほうが劇にはあうのかもしれないと思いました。基本的にリア王は優しくてユーモアもあるのに不器用で人の心をおしはかることの苦手な好々爺が悲しみに耐えきれず無垢な狂気に陥るという感じの演出だったので、おそらく周りの人物の激しい行動と対比しようという意図だったのでしょうが、ちょっとその意図が裏目に出た感はあります。
とはいえ、ほとんど舞台装置もない裸の舞台で、台詞と身振りだけで嵐の力や人間の運命を表現できるんだということは非常に伝わってきました。随所に笑いが盛り込まれているのもおもしろく、とくにグロスターが目を抜かれるところなんかもなんだか残酷なのにおかしくなるよう作られていて(目のかわりにピンポン球みたいなのを使って、わざと床に投げつける演出)、とても興味深かったです。こういうところは私の卒論のネタにもなりそうだし、悲劇というのは意図的におかしくしてもちゃんと悲劇になるんだなぁと感心しました。
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