「テンカワ君は死んだよ。」

 アカツキの言葉にルリの表情が固まった。

 アキトが既に死んでいる、突然そんなことを言われて何も反応出来なかった。


 対してプロスの表情ははっきりと険しくなった。

 仕事柄誰々が死んだなどという話には慣れているのだ。

 アカツキの言葉の衝撃はルリより少ない。


「正確に言うと僕が殺したんだ。」

 いまだ固まった状態のルリに対してアカツキは追い討ちを掛ける。

 ルリはもはや身動きすら取れない状態だ。

「それはどういうことですかな?」

 衝撃的な事実を連続で突きつけられ固まっているルリに代わってプロスが問いただす。

 口調は丁寧だがその目は鋭くアカツキを射抜いていた。


 プロスの言葉にようやくルリが行動を再開する。

「そうです!どういうことですか!」

 いままでに見せたことのないほどに怒りの感情をにルリはアカツキに詰め寄った。

「どうって言葉どおりさ。」

 そんなルリに対してもアカツキは冷静な態度を崩さない。

「あなたの言ったことは本当なんですか!間違いないんですか!」

 もはやそこに普段のルリを見ることは出来なかった。

 自分の感情を支配しきれずにいるのだ。

「ああ。」

 アカツキの冷静な態度は余計にルリを刺激していた。

「アキトさんが死んだなんて信じられません!信じません!」

「ルリさん落ち着いてください。」

 アカツキの態度にさらに感情を高ぶらせたルリをプロスが止める。

 プロスもアカツキに聞きたいことがあるのだ。今のルリではただの邪魔者でしかない。


 プロスもルリの気持ちがわからないわけではない。

 アキトはルリが甘えることの出来る数少ない人間の一人であり、唯一の異性だったのだ。
 
 シャトル事故で死んだと思っていたアキトが生きていたとわかったルリの喜びは推し量れないものが
 あっただろう。

 しかし再び出会ったアキトは復讐鬼へと身を堕としていた。

 それでもルリは嬉しかった。

 アキトはユリカを助けるために戦っている。

 昔のアキトと何も変わっていない、そう思ったから。

 アキトが黙って火星から飛び立って行ったときもルリは慌てなかった。

 アキトが黙って去って行くことぐらい想像できた。

 家族なのだからそれくらい想像つく。

 だからこちらから追いかけるのだ。

 自分はもう守られるだけの子供ではない、アキトを守ってやることが出来る。

 そう思っていた。

 ところがアキトの情報を聞くために訪れたネルガルで聞かされたのはアキトが死んでいる、殺したと
 いう事実なのだ。

 激昂し我を失うのも無理は無いだろう。


 しかし今やるべきことはアカツキから詳しいことを聞き出すことなのだ。

 今のルリでは到底望めないだろう。

「落ち着いてなんていられません!」

 そんなことはお構いなしにルリはプロスにも噛み付いた。

「あなたの気持ちはわかりますが今は会長に話を聞くのが先ではありませんか?」

 プロスはルリを懸命に宥める。

「あなたに私の気持ちがわかるわけないじゃないですか!黙っていてください。」

 普段では決して聞けないようなルリの言葉にプロスは軽いため息をつくと一歩引いた。

 宥めるのを諦め、ルリが落ち着くまで待つしかないと判断したのだ。

 幸いルリの怒鳴り声を聞かされるのはアカツキだ。自分はとりあえず待っていればいい。


「さあ答えてください!どうしてそんなことになったんですか!」

 プロスが引いたのを見てルリは再びアカツキに詰め寄る。

「僕が銃を撃ったからだよ。」

 アカツキは故意に答えをそらした。

「そんなこと聞いてません!」

 ルリはアカツキのふざけた答えにさらに声を荒げる。

「どうしてアキトさんを殺したんですか!」

 ルリはとうとうその言葉を吐いた。

 それと同時にルリの声が泣き声に変わる。

「どうして、どうしてアキトさんを殺したんですか・・・」


 その様子を傍で見ていたプロスは場違いだとは思いつつもアカツキに尊敬の念を覚えていた。

 自分は直接言葉で落ち着けようとしたがそれは全く意味をなさなかった。

 それに対してアカツキは、ルリに自らアキトの死を認める発言をさせるように誘導した。

 その結果、ルリはアキトの死を向かい合わざるを得ず無意味な感情の爆発を抑えた。

 泣いている相手に話はし辛い。

 しかし怒っているだけの相手よりは余程ましだ。

(交渉は得意分野だと思っていましたが・・・どうやらまだまだのようですな。)



 ルリは必死に感情を抑えていた。

 まだ決まったわけじゃない。

 まだ本当だと決まったわけではない。

 そう自分に言い聞かせルリは必死に悲しみを堪えた。
 

「アカツキさんはアキトさんの友人じゃなかったんですか?」

 ルリはアカツキに縋るように尋ねた。

 まだ遅くない。アキトの死を否定して欲しい。

 そんな感情で一杯のようだ。

「友人・・・そうだね、少なくとも僕は親友だと思ってるよ。」

 ルリの質問にアカツキは感慨深そうに言った。

「だったらなぜ!」

 アカツキの答えにルリは理解できないといったような表情で聞き返す。

「もちろんテンカワ君のためさ。」

 この答えにルリはもちろんプロスも怪訝な表情をする。

「どうして殺すことがアキトさんのためなんですか!アキトさんが、アキトさんが死を望んだとでも
 言うんですか!」

 ルリはだいぶ落ち着きを取り戻したようだ。

 もっとも感情を押し殺せているだけで完全に自分を取り戻せているわけではない。

 どんな切っ掛けで再び感情を爆発させるかわからない状態だ。

「いや、違うよ。テンカワ君は死を望んじゃいない。むしろ逆さ、テンカワ君は生に固執していた。」

「あのテンカワさんがですか?」

 プロスが口を挟んできた。

 二人にとってアカツキの言葉は意外だった。

 火星の後継者達と戦っていたアキトは人によっては死を望んでいるとも思える戦いぶりだった。

 そのアキトが生に固執しているというのは想像しにくいのだ。

「テンカワ君は僕等に行ったよ。『自分がいてはユリカ達は幸せになれない。』」

 その言葉はルリの予測範囲内だった。

 アキトが自分達から逃げる道を取ったならそういう言い方をするだろうと。

 だから自分で追いかけようと決めていたのだ。


 アカツキはさらに続ける。

「『俺はもうすぐ死ぬ。ルリちゃん達が追いかけてきても直ぐに諦めざるを得ないさ。』とね。」

 その言葉はルリにとって少なからずショックだった。

 アキトが生きていて、自分たちが追いかけたとしても結局無駄だったのかもしれない。


「わかったろ?」

 アカツキは不意にそう言った。

「テンカワ君は生に固執していたのさ。」

 依然として納得いかないルリに対してアカツキは断言した。

「生に固執しないならテンカワ君は直ぐに死ぬべきだった。そうすればルリ君達が追いかける必要が
 無くなるからね。」

 ルリにはアカツキがわからなくなった。

 自分で親友と言っておきながら「死ぬべき」とはなんという言い方だろう。

 本当にアカツキはアキトの味方だったのだろうか。


「アキトさんが生に固執していたのはわかりました。しかしそれは私から見れば喜ばしいことです。」

 ルリとしてはアキトに生きていて欲しいのだ。

 アキトが生に固執してくれるならこれほど嬉しいことはないだろう。

「もう一度聞きます。答えによってはそれ相応の対処を取らせて頂きます。」

 ルリはアカツキを脅すように言った。

 
 ルリは本気であった。

 アキトを殺したと言うアカツキを許すことは出来ない。

 殺したという理由如何によっては本気でネルガルを潰そうと考えていた。

 出来るか出来ないかは別にして。


 しかしルリの頭の中はいまだ混乱が残っていた。

 アキトの死にではない。

 アキトの死にも意外に冷静な自分にである。

 こんなにも簡単にアキトの死を信じている自分にである。

 自分はアキトの死を予感していたのだろうか。

 それとも自分はアキトの死を悲しんでいないのだろうか。

 三年前のシャトル爆発事故の時は悲しさと喪失感で再び心を閉ざしかけたのだ。

 それに比べてなぜ今はこんなに冷静なのだろう。

 これが大人というものなのか。

 これを自分の成長と受け止めていいのか。



「なぜアキトさんを殺したんですか?」

 なんとか自分の頭の中の混乱を隠すと、ルリは再びアカツキに尋ねた。

 それは静かな聞き方であったが、嘘は許さないという迫力に満ちていた。

 ルリの隣では何時の間にか近づいたのかプロスも目を鋭くしていた。


 プロスにとってテンカワ夫妻暗殺が常に心に圧し掛かっていた。

 それが今度は一人息子のアキトがまたしてもネルガルに殺されたいうのだ。

 表面上は穏やかそうにしていても心の中では様々な感情が流れていた。

 
「僕はテンカワ君を親友に思っていた。これに嘘は無い。」

 アカツキはそう言って二人を見ると言葉を続けた。

「その僕がテンカワ君を殺す理由なんて一つしかないでしょ。」

 アカツキはわかるかい?といったような表情で二人を見、間を置く。


 重要な事を言う前に時間を置き相手を落ち着かせる、アカツキの狙いはそこにある。

 この先は重要な話になって来る。

 冷静でない人間は邪魔なのだ。

 正直ルリでは冷静ではいれないだろう。

 だがルリはアカツキの計画に欠かせない。

 ならば少しでも冷静にさせなければならないのだ。


 二人に冷静さが戻るのを待つとアカツキはようやく言葉を続けた。

「テンカワ君の願いを叶えるため。それ以外にないよ。」

 ルリとプロスにはアカツキの言葉を理解することは出来なかった。

 先ほどアキトが死を望んでいなかったと言ったのはアカツキ本人だ。

 それなのにアキトの願いを叶えるために殺したとはどういうことなのか。

「テンカワ君は復讐のための身体を作ったあとこう言ったんだよ。」

 わけがわからない状態の二人に向かってアカツキは再びアキトの言葉を持ち出す。

「『火星の後継者とクリムゾンは必ず俺が滅ぼしてみせる。だが俺に残された時間は多くない。俺に
  出来なかった時は後を頼む。』とね。」

 アカツキの言葉にルリは戦慄に近いものを受けていた。

 アキトは自分が死んだとしても火星の後継者とクリムゾンを滅ぼそうと考えていたのか。

 アキトはそこまで彼等を憎んでいたのかと。


 一方のプロスはアキトを憎しみを知っていた。

 助け出された直後のアキトはまさしく憎悪の塊だった。

 身体を作っている時に訓練の厳しさに倒れることも多々あった。

 それでもアキトが付いてこられたのは憎んでも憎みきれない憎悪が原動力となっていたためである。

 寝言ですら恨みの声を上げるアキトは見ていて辛いものがあった。


「だから僕はクリムゾンを潰す。それが今の僕の全てだ。」

 アカツキの言葉には怒気に近いものが流れていた。



 小さい頃は企業の御曹司ということで友人として近づいて来る人はいなかった。

 身内も兄ばかりに期待を傾け自分を見てくれる人はいなかった。

 兄が死んだ後は急に会長の椅子が転がり込んできた。

 その後は友人云々ということを考えている暇はなかった。

 周りは陰謀の巣窟であったし、一刻も早く会長としての能力を身に付けなければなかった。

 そして若くして会長になった自分に友人など出来るはずはなかった。


 ユリカやルリが自分の居場所といったナデシコもアカツキにとっては居場所となり得なかった。

 確かに居心地はよかった。

 しかし自分にはネルガルの利益を考えて遺跡を独占する考えがあった。

 理想論を求めるナデシコには染まりきれなかった。

 それでも羨ましかった。

 他人のために行動出来るナデシコの人間が。


 そんなアカツキに取って救出された後のアキトは友人として、親友として掛け替えのないものと
 なった。

 ユリカのために戦おうとするアキトは以前と変わらなかった。

 しかしアキトは変わっても居た。

 ナデシコ時代のように理想論を唱えるわけでもない、現実の裏を知ったアキト。

 堂々と自分を利用することを宣言し、ギブ&テイクだと利益を供給したアキト。
 
 会長としての自分を気にせず個人として見てくれたアキト。

 裏表無く付き合えたアキト。

 自分が羨ましと思う性格を持ち、自分と気が合う性格を持ったアキト。

 自分が得ようとして得られなかった友人が、親友がそこに居た。


 だからアカツキはアキトのために復讐の力を与えた。

 それはアカツキにしては珍しい損得抜きでの行動だった。

 幸いアキトの願いはネルガルの利益に反しない。

 そのため重役連中の説得も難しくは無かった。

 だが確かにアカツキは損得抜きで判断したのだ。


 アカツキは嬉しかった。

 自分が他人のために動くことが出来たのだ。

 羨ましかった性格を自分も持っていたとわかったのだ。


 そんなアカツキに遺されたアキトの願い。

 クリムゾンを滅ぼすこと。

 そのためにアカツキは心を鬼にした。

 残り少ないアキトの命を奪ってまで叶えようとするアキトの願い。

 傍から見れば異常かもしれない。

 それでもアカツキはやめる気はなかった。


「アキトさんの願いを叶えるためにアキトさんを殺したというんですか!」

 アカツキのそこまでの気持ちを知らないルリには矛盾しているようにしか思えなかった。

 それは傍らで見ているプロスにも同じ事だろう。

「クリムゾンを滅ぼすには今しかないんだ!」

 アカツキの声が知らず知らずのうちに高まる。

「テンカワ君がヒサゴプランを潰してくれたおかげでクリムゾンは大きな損害を負っている。」

 アキトが潰して回ったヒサゴプランの要をなすターミナルコロニー群。

 それらには保険は掛かっていなかった。

 高額過ぎる上に、実験的な部分があったためどこの保険会社もしり込みしたのだ。

 クリムゾン上層部としては本来落すターミナルコロニーはアマテラスだけのはずだった。

 それだけでも大きな損害であるのだが、火星の後継者の発起が成功すれば全世界の経済は支配出来る
 のだ。

 リスクとしては仕方無いだろう。

 例え火星の後継者が失敗しても、ヒサゴプランは莫大な利益を上げ続けてくれるはずだ。

 彼らはそう考えていた。

 ところがアキトの活動により、次々とターミナルコロニーを落とされ火星の後継者も失敗した。

 多くのターミナルコロニーを落とされたため、ヒサゴプランも挫折した。

 クリムゾンは想像を絶する損害を受けたのだ。


「今のネルガルでクリムゾンを滅ぼすには今この時期しかないんだよ。」

 ここ数年でネルガルとクリムゾンの差は大きく開いた。

 反ネルガル企業を集めてのヒサゴプランを契機に、かなりの数の企業を吸収したのだ。

 ヒサゴプランの損害を考えてもネルガルが優位で居られるのはここ数年でしかない。

 アカツキの言うとおり、仮にクリムゾンと対立するのならば今しかないのだ。

「それとアキトさんを殺すこととどういう関係があるんですか!」

 納得のいかないルリは先ほどから声をかなり荒げている。

 傍で見ているプロスにはこの時点でアカツキの考えがなんとく見えている。

「クリムゾンを潰すためにはテンカワ君はアキレス腱になる。」

 アカツキは先ほどまでの高ぶりを押さえ冷静さを保ち始めた。

「ネルガルがクリムゾンを滅ぼしに掛かった時に、クリムゾンは反撃手段としてテンカワ君との関わ
 りを必ず暴露してくる。もちろん証拠は残していない。だけどねそんなこと関係ないんだ。」

 アカツキは丁寧にルリに説明していく。

 感情的な今のルリを抑えるには理論で押さえ込まなければならない。

「今回の事件で力を失ったとはいえいまだ反ネルガルの力は強い。クリムゾンに乗じて彼等が同様に
 煽った場合市民はどう思うかわからない。」

「だからといって!」

 ルリの反論を遮るようにアカツキは続ける。

「テンカワ君の寿命は持って半年だった。彼がクリムゾンを攻撃しても滅ぼすことは出来なかっただ
  ろう。だから僕が後を引き継ぐ。そしてそのためにはテンカワ君に死んでもらうしかなかったんだ
  よ。」

「そんなの勝手です!」

 ルリはアカツキの言葉に納得する様子は無く、声を荒げている。

「もちろんテンカワ君の死は無駄にはしない。」

 アカツキはルリの言葉を無視している。

 先に言うべきことは言ってしまおうと考えているのだ。

 その後で考える時間を与えればいい。

 感情的なルリの相手をするのは時間の無駄だ。

「先ほど連絡があった。ナデシコDと新型の機動兵器が完成した。」

「ナデシコD?」

 ナデシコの名を聞いたルリは思わず反応した。

「そう。電子戦に特化したナデシコCとは違い純粋に戦闘能力を上げた艦だよ。」

 ナデシコD。量産が不可能なナデシコCに代わり軍の主力艦を狙うために作られた戦艦だ。

 条約で禁止された相転移砲の代わりとなるような主砲としてグラビティーブラストを様々なタイプに
 調節可能にしたことが最大の特徴である。

 通常型に加え、拡散型、収束型が可能となっている。

 そして目玉として下部にもグラビティーブラストを配置することで可能となった全天型がある。

 相転移エンジンの出力を格段に高めたことにより全天型でも充分な威力を発揮出来るのだ。

 また今までのナデシコでは不可能だった後方への射撃も可能となっている。

 これほどコストを気にせず高性能に作られたことにはわけがある。

 戦争の終結により軍は全般的に艦隊規模を縮小しなけらばならいこと。

 それでも軍人としては戦力を落としたくないこと。

 そしてこれからはパトロール任務が主となり単艦、もしくは少数艦での行動を要求されることである。

 それならば対多数戦闘が可能であり、高い戦闘力を持つ艦は喜ばれるだろう。


 新型機動兵器はサレナを参考に現在のスーパー・エステバリス、エステバリス・カスタム等の装着フ
 レームとすることで少数機で多目的に使えるという特色を持っていた。

 その上装着フレームだけなので新型機を買うよりも安くつく。

 当然性能は段違いに上がる。

 こちらも軍縮小を見越しての開発である。


「その初航海の途中、たまたまテロリストのテンカワアキト及びユーチャリスと遭遇、そして戦闘に
  突入。これを撃沈する。」

 あり得ないことを並べるアカツキ。

「そうすれば軍への印象は抜群になる。クリムゾンの牙城とも言える軍需産業部門を奪える。」

 ここまで言われればプロスは全てを理解していた。

 ルリにも大部分はわかったはずだ。

「ユーチャリスは爆発して四散するんですね。アキトさんは遺体で、ですか。」

「そう。ユーチャリスの破片は月の秘密ドックに取ってある。それで充分だよ。」

 現在ユーチャリスはナデシコCに造りかえられている。

 しかし元がユーチャリスとばれるわけにはいかないため、母港と言える月秘密ドックにてかなり削ら
 れた。

 ユーチャリスとわからない程度に削られた後、他の建造ドックに移されているのだ。

 そのため秘密ドックには依然としてユーチャリスの破片が残って、残されている。

「テンカワ君の遺体は冷凍処理してある。化粧をすれば十分生きているように見せられるよ。でもテン
  カワ君の遺体は軍には渡さない。どんなことをされるかわからないしね。」

 テンカワ・アキトは史上最凶のテロリストとして扱われている。そのアキトを軍に渡せばアキトの遺
 体がただで済む保証はないだろう。

「テンカワ君は宇宙空間で死んでもらう。ブラックサレナも本物を使用する。そしてその映像は
  何の処理もせずに軍に提出する。そうすれば軍も信じるでしょ。」

 ユーチャリスはもう存在しないため使用することは出来ない。

 そこで少しでも軍を信用させるために。本物のブラックサレナを使用するのだ。

 ユーチャリスの映像はユーチャリスからの妨害で撮れなかった。

 しかしブラックサレナまでは妨害出来ないらしく記録に残せた。

 その言い訳を通すために。

「本当はテンカワ君の遺体を爆発させたくはないんだけどね。クリムゾンに余計な反論を出させない
  ためには仕方ないんだよ。偽の映像では見抜かれるだろうしね。」

 クリムゾンはいまやネルガルを上回る企業である。ネルガルが作った偽の映像では見抜かれる恐れが
 ある。

 今回に失敗は絶対許されないのだ。

「ブラックサレナの撃沈は火星上空で行うことにする。そうすればテンカワ君も火星の土に帰れるだ
 ろうしね。それが僕に出来る唯一の供養だよ。手向けの花束はクリムゾンの滅亡さ。」

 アカツキが長い話をそこで終える。


 アカツキの話を聞いてルリもプロスも黙り込んでしまう。

 そこまで考えてアキトを殺したのかと。

 アキトの死は最大限に利用されるだろう。

 彼の願いを果たすために。


「あと半年待てなかったんですか?」

 しばらく経った後、ルリが聞いた。

 どうせアキトの死を利用するにしてもアキトを最後まで生かしてあげることは出来なかったのか。

 アキトが生に固執していたと言うのならなおさらだ。

「来月軍で次期主力艦を決める会議がある。今の状況では軍との繋がりが強いクリムゾンが勝って
 しまう。それじゃあ遅いんだよ。」

 予想された質問だったのか、アカツキの言葉にゆどみはない。

「アキトさんに事情を話すことは考えなかったんですか?」

 ルリは続けて聞く。

 ルリは怖いのだ。

 アカツキを正しいと思ってしまう自分が。

 だからアカツキの間違いを探そうとするのだ。

「言ってどうなるだい?テンカワ君なら協力してくれたかも知れない。だけど同時にこの件の協力者は
 テンカワ君を殺さなければならないんだよ。それでも協力してくれる人がいると思うかい?」

 アカツキに聞き返されてルリは黙り込む。

 アカツキの計画に納得出来たとしても、も実際にアキトを殺すことになるのになる。

 それでは協力する人は少ないだろう。


「それに言う必要はなかったよ。彼はわかってくれていたからね。」

 アカツキの言葉に驚きを見せるルリ。

「さすがにすぐにはわからなかっただろうけど最後には気付いていたさ。僕等の関係にくだらない言
 葉は要らなかったんだよ。」

 アカツキの自慢げに言った。

 言葉が要らない関係、そんな関係をアキトと気付いていたことはアカツキの自慢なのだろう。

「それにね、テンカワ君は生に固執する自分を嫌っていた。だから僕の手でそれを断ち切ってあげた
  のさ。後でテンカワ君の死に顔を見せて上げるよ。彼笑ってるんだよ。珍しくね。」

 笑みを浮かべてそう言うアカツキの言葉にルリは何も言えなくなってしまった。

 プロスも先ほどから口を出さない。

 今はまだ聞くべきことはない、そう判断してのことだ。

「さて本題に入ろうか。」

 アカツキは姿勢を正した。

「クリムゾンを倒す。それにきみ達にも協力してもらいたい。」

 アカツキの言葉に二人とも考え込む。

 もっとも二人とも考え込む理由は異なる。


 ルリは感情面で悩んでいた。
 
 アカツキの考えはわかった。聞いた当初は怒りしか沸かなかったが今では多少冷静に考えられている。

 アカツキの言うこともわからなくはない。

 アキトがそこまでクリムゾンを憎んでいた以上はルリもそれを叶えたいと思う。

 しかし感情が納得いかない。

 本当にアキトを殺す必要があったのか。

 アキトを殺したアカツキを許せるのか。
 
 共に戦えるのか。


 一方プロスは理性的な考えを行っていた。

 協力することに異論は無い。会社員として上司の言うことには従う、それは当然のことだ。

 もちろんそれだけではない。

 クリムゾンに憎悪を燃やしているアキトを直に見たことがあるプロスはクリムゾンを滅ぼすことに積
 極的に賛同するだろう。

 だが今のうちに聞いておきたいこともある。


 感情面と理性という種類の違いか、先に考えを纏めたのはプロスだった。

「会長、いくつかお聞きしたいのですが。」

「僕に答えられることならね。」

 アカツキはあっさりと答えた。

 普段すぐに質問をそらすアカツキにしては珍しいだろう。

 クリムゾン潰しの話題を出した以上アカツキは冗談ではすまさない。

 今の自分の全てをかけて行うのだ、協力者には出来る限り事情を話しておきたい。


 そんなアカツキの考えを知ってか知らずかプロスは質問を開始する。

「なぜこの時期なのですか?」

 真っ先にプロスの脳裏に浮かんだ疑問はそのことだった。

 先ほどのアカツキの話を聞くと既にナデシコDと新型機動兵器は完成しているようだ。

 自分たちの協力を得たいなら一刻も早く仲間に引き入れたいところだろう。


「邪魔をされたくなかったからね。」

「邪魔?」

 何時の間にかルリも考えるのを中止してアカツキの答えを聞いていた。

 悩んでいるルリには少しでも情報がほしいのだ。


 二人にはネルガルの、アカツキの考えを邪魔をする気は毛頭ない。

 協力を拒むことはあってもわざわざ邪魔をするほどクリムゾンに義理はないのだ。


「きみらが断ったとしてもわざわざ邪魔をすることはない。それはわかってるんだ。」

 二人の考えを読んだようにアカツキは言葉を繋ぐ。

「でも今回は違う。テンカワ君の遺体を爆発させるのはきみらに邪魔される恐れがある。」

 その答えにプロスはともかくルリは同様を隠せない。


 確かに自分ならやったかも知れない。

 いまでこそ多少は冷静に考えられるものの、今回のように実際に会って話をしなかった場合自分は感
 情のままに動いただろう。

 そうなるとせめてアキトの遺体だけは守ろうと考えネルガルの邪魔をするかもしれない。


「今回は打倒クリムゾンへの先制攻撃だ。失敗は許されないんだよ。」

 ルリの動揺をよそにアカツキは言った。

 それは打倒クリムゾンにかけるアカツキの心意気と言ってもいい。

「質問を続けさせていただきます。」

 アカツキの答えにさして反応を示さずにプロスが続ける。

 アカツキの答えは予想通りだったのだろう。

「私達の他にこのことを知っているのはどなたですか?」

 仮にアカツキに協力した場合同志となる人達だ。

 信用できるのか、あらかじめ知っておく方が良い。

「エリナ君とイネス君、それに月臣君とゴート君、そしてラピス君の五人だ。」

 普段では考えられないほどに正直に答えるアカツキ。

 この話をしている以上アカツキは二人を信用しているのだ。

 でなければこのような話出来るわけがない。

 アカツキの答えに感じたことはルリとプロスでは違った。

 
 少ない、それが最初に感じたプロスの感想であった。

 クリムゾンに挑むにはネルガルの総力を結集しなければならない。それだけで足りるのか。

 しかしプロスは考え直す。

 おそらくアカツキはネルガルの重役達には知らせずに行うのだ。

 協力者達の役割には事情を知られないように重役連中を説得する役割もあるのだということに。

 クリムゾン打倒を真っ先に考えた場合、時にネルガルの益に反することもあるだろう。

 それを説得しなくてはならない。



 ルリはラピスが加わっていることに驚きを感じていた。

 あのラピスがアキトを殺したアカツキに協力するというのか。

 だとすれば自分の感情はあまりにも子供じみているのだろうか。

 だがそこで気付く。

 プロスの聞いたことは知っている人であり協力する人ではないのだ。

 それならばラピスが協力しているとは限らないのだろう。

 しかし最近ネルガルの悪い情報が出回ったことはない。

 ということはラピスはネルガルに敵対はしていないのだろう。

 おそらくは怒りを上手くクリムゾンに向けさせたか、或いはいまだにアキトの死から立ち直っていな
 いのか。

 それはまだわからない。


「最近エリナさんやイネスさんを見ないのはそのせいですかな?」

 すっかりプロスが質問役になっている。

 今のルリではまだ冷静な質問役は出来ない。

「エリナ君はラピス君と一緒にテンカワ君のそばにいるよ。まだ返事は聞いていない。最後までテン
  カワくんのそばにいたい。その後のことはその後で返事をくれるそうだよ。」

 エリナはアキトが死んだ当初怒り狂った。先ほどのルリに負けないほどに。

 多少落ちつき、アカツキの話を聞いたあとエリナは明確な返事を返す代わりに一つの希望を出した。

 計画実行のときまでアキトのそばにいること。

 アカツキはそれを快諾した。



 アキトのそばにいるエリナは泣き通した。

 自分は一体アキトに何をしてやれたのかと思い悩んでいたのだ。

 アキトの身体を治してやる事は出来なかった。

 アキトに最後まで復讐を遂げさせることも出来なかった。

 アキトの心の闇を払ってやることも出来なかった。

 自分はアキトのおかげで変われたのに自分はアキトの役には立てなかった。

 アキトに会う前の自分はプライドが高く、わがままだった。

 自分でもそう思う。

 決して後悔しているわけではない。そんな生き方もいいと思っていた。

 しかしアキトに出会って変わった。

 甘える、自分を素直に出せるようになった。

 昔の自分から見れば馬鹿なことだと思うだろうが、今ではそれに心地よさを覚える。

 それでも素直な自分を出せるのはアキトの前だけだった。

 自分はそこまで変えてもらった。

 果たしてその恩は少しでも返せすことが出来たのか。

 そんな考えが自然とエリナの頬を濡らしていた。



 そんなエリナも今ではかなり立ち直っていた。

 切っ掛けを作ったのはラピスだった。

 アキトの復讐鬼時代からラピスに関わっていたエリナにはラピスがどれだけアキトに依存していた
 のかを知っている。

 事実彼女もあれ以来アキトのそばを離れない。

 そんなラピスを見ていてエリナは少しずつ自分を取り戻していった。


(私はなにをやっているのかしら・・・)

 ラピスを見てエリナはそう思った。

 自分は本来ラピスを慰める側ではないか。

 それが一緒になって落ち込んでいるとは情けないにもほどがある。

 ラピスはアキトを失って頼るべき人がいないのだ。

 だったら自分が頼りにされるような人間にならなくては。

 アキトの代わりなんて出来ない。それでもラピスを支えることは出来るはずだ。

 エリナは生きる目的を見つけた。そしてそれはエリナが立ち直る力となったのだ。


 こうしてエリナは打倒クリムゾンを決意した。
 
 ラピスと自分が再び前に進むために。



「イネス君は新製品の開発を我武者羅に行っているよ。クリムゾンを凌駕するためのね。」


 イネスも当初は力を落としており、立ち直りの切っ掛けを掴めずにいた。

 直接治療を行っていた分、アキトを救えなかったことに対する虚脱感はエリナよりも大きかった。
 
 エリナと違ってアキトの傍にいることもない。

 必ず直してみせる。

 そう言っていたのに治してやることは出来なかった。

 そんな自分がどんな顔をしてアキトに会えばいいのか。

 それがわからなかった。


 昔から天才と呼ばれていた。

 周囲の人間以上の力を持っているとの自信も持っていた。

 ネルガルも自分を迎えにわざわざ火星まで最新鋭戦艦を派遣したのだ。

 自分の能力は周囲でも高く評価されていたはずだ。

 
 それなのに救えなかった。

 自分がもっとも救いたい人物を救うことが出来なかった。

 誰にも負けないと自負していた知識はアキトの役には立てなかった。

 それが情けなくて、やるせなくて、何もやる気は浮かばなかった。

 技術というものを信じられなくなっていたのだ。

 
 アカツキからアキトを殺したことを聞いても不思議と怒りは覚えなかった。
 
 アキトを殺したのは自分だと、アキトを治療出来なかった自分がアキトを殺したのだ。

 そんな考えが頭の中を駆け巡っていたから。


 そんなイネスに立ち直る切っ掛けを与えたのはアカツキの話だった。

 アキトの遺志、アキトの願い、打倒クリムゾン。

 それを聞いた時イネスはようやく生きる目的を見つけた。

 アキトの役に立てなかった自分の知識、今度こそアキトの願いの役に立って見せる。
 
 そんな想いがイネスに再び立ち直る切っ掛けを与えたのだ。

 科学者として、技術者として経済的にとはいえ何かを滅ぼすために技術を発揮するのは間違っている。

 技術は人々の幸せのために使うべきだ。

 世の技術者たちはそんなことを言うかもしれない。


 だがイネスはそんな声は気にしない。

 知識や技術ではアキトを救えなかったではないか。

 一番大切な人を救えない知識などいらない、そんな技術は必要ない。

 しかしそのいらない技術でアキトの願いを叶える手伝いが出来る。

 それならばせいぜい使って、いや利用して見せる。


 こうしてイネスは打倒クリムゾンの決意をした。

 再び技術に、自分に意義を取り戻すために。

 

「私より先にゴートさんや月臣さんに知らせたのはなぜです?」

 プロスは質問を続ける。

 ゴートの能力が自分より上だとは思えない。

 月臣にも負けているとは思えない。さらに月臣はアキトに関わっていたとはいえネルガルにとって新
 参者なのだ。

 真っ先に自分に話すべきではないのか。


 普段のプロスであればここまで根掘り葉掘り聞くことはない。

 その前に相手の言いたいことを察するべきだと考えているのだ。


 しかし今回は事情が違う。

 クリムゾンに実質僅かな人間で喧嘩を売るのだ。

 実際にはネルガルという企業で戦うのだが、そのネルガルを動かさなければならないのは極一部にな
 るはずだ。

 そうであるならば、完全に相手の信用を得、与えなければならない。

 普段秘密主義なところがあるアカツキがどこまで正直に話してくれるのか。

 それで見極めようとしているのだ。


「さっきも言ったとおり邪魔されないためさ。」

 アカツキはすぐに答える。

 真実を言っているのだろうぐらいルリにでもわかった。

「ゴートや月臣君なら邪魔されても防げる。だけどきみの場合防げるかわかんないからね。直前まで
 伏せて隠しておいたんだよ。」

「いやはやそれは買い被りというもの。」

 アカツキの言葉にプロスは謙遜していたが突如表情を変えた。

「しかしそこまで頼られたのでは断れませんな。喜んで協力させて頂きます。」

 相変わらず丁寧な言葉使いのプロスのだったが、その表情にもはや笑みはない。


 そこにあったのはネルガルSSを統括する一人の仕事師としての顔だった。

 プロスが殺すつもりの無い人間の前でこの表情をするのは久しぶりだった。

 アカツキでさえ見た回数は片手で足るのだ。

 それだけ対クリムゾンの戦いの厳しさをわかっているのだ。


 自分の役目はわかっている。

 アカツキ、ルリ、ラピス、エリナ、イネスを守ること、それだけである。

 企業同士の戦いとなれば重要なのは情報と技術、そしてそれらを管理するシステムである。

 自分の専門は情報であるがルリとラピスが加わる以上それほど必要とされないだろう。

 ルリはまだ決心がついていないようだがまず間違いなく協力するだろう。

 彼女がアキトの敵を見逃すはずはない。

 今は落ち着いていないようだが落ち着けば答えははっきりと出るだろう。

 技術はイネスが受け持つ。

 管理はアカツキとエリナが行う。

 自分とゴート、月臣は直接戦闘員である。

 裏の手口に関しては超一級であるクリムゾンに対峙するのだ。

 ネルガルSSを使用しても難しい任務だろう。

 打倒クリムゾンが秘密である以上、こちらからは攻められないのでる。

 動けるとしたら自分を含めて三人だけ。

 あまりに厳しい戦いである。

 それでもプロスの決意は固い。



(テンカワ夫妻に続いて息子さんまで・・・私は何をやっているのでしょう。)

 プロスの考えはアカツキ達とやや異なる。

 アキトのあだ討ちの意味が無いわけではない。

 アキトをあんな目に遭わせたクリムゾンは憎い。


 だがそれ以上に贖罪の意味合いが大きかった。

 テンカワ夫妻を救えず、その息子であるアキトも救えなかった。

 そのことでプロスは内心、心を痛めていた。

 責め続けていたと言ってもいい。


 今の自分になにが出来るのか。

 テンカワ夫妻の仇を取ることはもう出来ない。

 いまのネルガルに敵対しても仕方ないのだ。

 ならばせめてアキトの仇を取って見せよう。

 それが自分に出来る唯一の贖罪。

 せめてもの償い。


 こうしてプロスもまた打倒クリムゾンの決意をした。

 過去の償いを、清算を目指して。



 プロスが協力を約している中ルリの決心はいまだ固まっていなかった。


 アキトは本当にそこまでクリムゾンを憎んでいたのか。

 アキトの周囲にいた人が皆そう言っているのだ。おそらく事実だろう。

 しかしクリムゾンを滅ぼすためにアキトの遺体まで使うという。

 それは必要なのか。

 アキトさんはもう休ませてあげた方がいいのではないか。

 討てる者ならクリムゾンを討ちたい。

 ただそれがアキトを死んでからも利用してまでやることなのか。

 そこの考えが固まらないのだ。


「アキトさんを見せていただけますか?」

 結局ルリの出した答えはそれだった。


 アキトの死に顔を見るのは辛い。

 それでも直にアキトと対面すればなにかわかるのではないか。

 ルリは漠然とそう考えていた。


「・・着いておいで。」

 アカツキは軽く頷いた後、言葉少なに会長室を出て行った。

 ルリとプロスも黙って後を追った。






 プロスでも知らなかった隠し通路をいくつか通った後、アカツキは一つの扉の前で立ち止まった。

「ここだよ。」

 その言葉にルリとプロスも立ち止まる。


 この先にアキトの遺体がある。

 出来ることなら今からでも否定したい事実。

 これから自分はそれと向かい合わなければならない。

 逃げることは許されない。

 
 扉の前で立ち止まっているルリの緊張はどんどんと高まっていった。

 それを知ってか知らずかアカツキは扉を開けた。


 扉を潜る、それだけのことをルリは始めて難しいと感じた。

 それでも進まなければならない。

 そうしなければ何も始まらないのだ。


 扉を潜って部屋の中に入るとそこにはエリナの姿だけがあった。

「もう時間なの?」

 アカツキ達の姿を見たエリナは真っ先にそう言った。

「ああ。ナデシコDは完成した。」

「・・そう。」

 アカツキの言葉にエリナは静かにそう言った。


 いよいよ始まるのだ。

 クリムゾンとの戦いが。

 エリナは決意を新たにしていた。


「それじゃあアキト君にお別れを言わないとね。」

 そう言うとエリナは奥へと入っていった。


 ルリ達のことにはあえて触れなかった。

 ルリの顔を見ればまだ悩んでいることは容易に推察出来る。

 しかしエリナにしてやれることは何も無い。

 これは自分で決めなければならないのだ。


 エリナに続いてアカツキも奥へと進んでいく。

 ルリとプロスは何も話さないまま着いていく。


 ルリには何も言うことは出来ない。

 間もなくアキトと対面する。

 果たして自分は冷静でいられるのだろうか。
 
 果たして自分の行く道がわかるのだろうか。


 プロスは何も言う必要がないということをわかっているのだ。

 エリナの決意は先ほど見て取れた。

 精神的にもっとも弱いと思われたエリナがあそこまでの決意を決めている。

 プロスにはそれで十分だった。



 奥に進んだルリ達が見たのは真ん中に置かれた一つのポットとそれに覆い被さっている桃色の髪をし
 た人間。


 ラピス・ラズリ。



 アキトに気絶させられ、その後目が覚めたラピスはアキトの死亡を伝えられた。

 それを聞いたラピスは再び気を失うこととなる。

 再び目覚めた時彼女は泣き続けた。

 食事も取らず、睡眠も取らずひたすらに泣き続けた。

 アキトは自分の全てだったのだ。

 そのアキトを喪ったラピスに出来ることは泣くことだけだった。


 涙が枯れた後、ラピスは冷凍装置に入れられたアキトの傍に居続けた。

 当初はだれに話し掛けられても反応を返さなかった。

 そんなラピスに接し続けたのはエリナだった。

 エリナは反応が無いにも拘らず何度もラピスに話し掛けた。

 無理矢理にでも栄養を与え、ラピスの生命を繋いでいたのもエリナだ。

 三週間もした頃、ラピスはようやく反応を見せた。

 エリナはそのことに嬉しかった。


 その後エリナは常にラピスの傍に居、励まし、元気付けた。

 ようやく話が出来るようになったのは僅か三日前。

 それでもエリナ以外では話も出来なかった。

 そんな状況でエリナは打倒クリムゾンの話をし始めた。


 ラピスを巻き込むのは嫌だった。

 ラピスはまだ子供なのだ。

 それでもラピスに話さないわけにはいかなかった。

 このままではラピスはネルガルがアキトを殺した事実だけを認識する。

 ラピスはネルガルを憎むだろう。

 しかしそれではいけないのだ。

 ラピスは今ネルガルの手にある。

 アキトとの約束もあり、アカツキに何かするつもりはなかったが他の連中はわからない。

 強大な電子戦闘力を持つラピスがネルガルを憎んでいる。

 そんなことが知られれば彼等はラピスをも殺すかもしれない。

 それを防ぐにはラピスがネルガルを憎んでいないように見せなければならない。

 ラピスに芝居が出来るとも思えない。

 ならば実際に憎まれないようにしなければならない。

 その手段として別の物を憎ませなければならないのだ。



 エリナから打倒クリムゾンの話を聞いたラピスは悩まなかった。
 
 確かにアキトを殺したのはネルガルだ。

 そのことに怒りは覚える。

 だが憎むことはなかった。

 アキトとリンクしていたラピスには、アキトがネルガルに感謝していることを知っていたのだ。

 それを知っている以上ネルガルを憎むことは出来なかった。

 そして同時にラピスは知っている。

 アキトがいかにクリムゾンを憎んでいたかを。

 いかに滅ぼしたいと思っていたかを。

 しかしアキトはクリムゾンは滅ぼせなかった。

 ならば自分が行おう。

(私ハアキトノ目、アキトノ耳、アキトノ手、アキトノ足、アキトハ私ノ全テ!アキトノ喜ビハ私ノ
  喜ビ、アキトノ憎シミハ私ノ憎シミ。アキトノ恨ミハ私ガ晴ラス!)


 こうしてラピスは打倒クリムゾンを決意した。

 自分の存在の全てを掛けて。




「久しぶりだねテンカワ君。」

 ルリよりも一足先に冷凍ポットに寝かされているアキトに近づいたアカツキはそう言ってアキトに語
 りかけた。
 
「お別れの時が来たよ。クリムゾンは必ず滅ぼしてみせるから安心して眠っていておくれ。」

 そう言ったアカツキの顔はルリが見たことないほどに慈愛に満ちていた。

 アキトを親友と言ったアカツキの言葉に間違いはないようだ。


「ラピス時間が来たそうだわ。お別れの言葉を言いなさい。」

 エリナが優しくラピスに言った。

 その言葉を聞いたラピスはポットから離れるとアキトに向かって話し掛ける。

「アキトノ恨ミハ私ガ晴ラス。アキトハ休ンデイテイイヨ。」

 そこ語りかけるラピスの顔に弱さはなかった。

 そこにあるのは確かな決意。



「お別れねアキト君。」

 ラピスの言葉が終わったのを見て今度はエリナが話し掛ける。

 しかしそれ以上の言葉は繋がない。

 もはや言うべき事はない。

 ここ一ヶ月、弱音も決意も全てを話してきた。

 いまさら言葉にする必要はない。


 アキトに別れを告げる三人に悲しみの色は無い。

 三人それぞれに乗り越えているのだ。

 全く悲しみがないわけではない。

 しかし彼等にはやることが出来たのだ。

 悲しんでいる暇は無いのだ。

 

 三人の別れが終わってもルリはなかなかポットに近づけなかった。

 やはりアキトの死を直に認めるのは躊躇われるのだろうか。

 後一歩のところで踏み出せないようだ。


 ルリが躊躇っていると、その横をプロスが通り抜けていった。

 そして、プロスはポットの近くで立ち止まるとアキトを見下ろした。

「お久しぶりですなテンカワさん。やはりあなたにはそんな表情のほうが似合ってますよ。」

 プロスはそう言うと軽く笑った。


 ルリはその言葉を聞いて思わず足が動いていた。

 アキトの表情の話題が出てきたため、気になってしまったのだ。


 それを狙っていたのかプロスはルリに譲るようにポットの横から動く。

 ルリは直前で一瞬立ち止まったが、意を決してポットの中を覗き込む。


 そこにはアキトがいた。

 バイザーは外されているが相変わらず黒尽くめの格好をしていた。

 一ヶ月ぶりの再会。

 そこにいたアキトはアカツキが言ったように微笑んでいた。

 ルリが見る三年ぶりのアキトの笑顔であった。

 
 しかし顔には生気は無い。

 紛れも無く死人の顔である。

 それを理解した時ルリの目から自然と涙がこぼれた。

 そしてそれは徐々に量を増し、泣き声を伴うようになった。

 
 ルリは泣いた。

 人前で涙を流すような真似はしたくないが止まらなかった。

 ポットに縋りつき、周りを憚ることなく声を上げた。

 そこにいたのは宇宙軍大佐ではなく、一人の少女だった。

 大切な家族を失った一人の少女。


 そんなルリをアカツキ達四人は黙って見ていた。

 ルリが泣き崩れるのは当然なのだ。

 エリナやラピスは同じようなことをした。

 逆にアキトの死を悲しまないような人間は今回の同志とはなり得ない。


 どれだけの時間がたっただろう。

 ルリからすれば非常に長く感じた、実際にはそれほどでも無い時間が経った。

 そしてルリは泣くのをやめた。

 四人から見れば意外と感じるほど、ルリが泣き止むのは早かった。

 泣くのをやめたルリはアキトの顔をじっと見つめた。

 
 教えてほしい。

 自分の進む道を。

 少しでもアキトの願いを叶えて上げられる道を。

 自分はその道を歩もう。


 アキトが酷い目に遭っているとき、自分はなにも出来なかった。

 アキトが復讐に燃えているとき、自分はなにも手伝ってやれなかった。

 知らなかったのだから仕方ない。

 そんなことは言い訳に過ぎない。

 頼って欲しかった。

 自分の力を欲してほしかった。

 結局アキトは自分に何も言わずに・・・死んでしまった。


 自分に居場所を作ってくれた。

 自分の居場所となってくれた。

 自分に親としての温もりを与えてくれた。

 自分に兄としての温もりを与えてくれた。

 そして男としての温もりを与えてくれた。

 それらは永久に失われてしまった。


 ルリの視線の先にいたのは微笑んでいるアキトだった。

 生気はないもののその顔は笑みを浮かべていた。

 アカツキが言った通り笑っている。

 ネルガルを信じたということなのだろうか。

 アカツキを信じたということなのだろうか。

 アキトがネルガル、アカツキをを信じたならば自分も信じてみよう。

 アキトがクリムゾンを滅ぼしたいのなら滅ぼしてみせよう。

 自分から大切な人を奪ったクリムゾンだけは許さない。

 アキトの恨みと自分の恨み。

 二人分の恨みを、憎しみを与えてみせる。


 こうしてルリも打倒クリムゾンを決意した。

 家族を奪われた憎しみを、家族の憎しみを晴らすため。




「アカツキさん、私も協力します。」

 ルリは涙を拭いて立ち上がると、アカツキに向かって宣言した。

 その言葉を聞いてアカツキとエリナに笑みが浮かぶ。

「そう言ってくれると信じていたよ。これからよろしく頼むよ。」

「よろしくルリちゃん。」

 ルリはそんな二人に大きく頷いて見せた。







 ルリとプロスが打倒クリムゾンを決意している頃、ゴートと月臣はネルガルSSの訓練室にいた。

 現在訓練しているものはだれもいない。

 二人はお互いに誘い合い、たった今まで訓練を行っていたのだ。

 プロスと同じく自分達の役割をわかっている。


「お前はなぜ打倒クリムゾンに協力するのだ?」

 訓練でかいた汗を拭きながらゴートはすぐ隣にいる月臣に向かって小さな声で聞いた。

「俺はネルガルの犬だ。会長の命令には従う。」

 月臣は壁から背を離すと同じく小さな声で答えた。

 月臣はさほど汗をかいていないようだ。

「自分を卑下するのはよせ。貴様を飼える奴などいない。」

 そんなゴートの言葉を聞いても月臣は黙っていた。



「黙して語らず・・・か。それが貴様の美徳だったな。」

 そんな月臣を見てゴートは以前月臣から聞いたことを思い出した。

「お前はなぜ協力するんだ?」

 月臣はゴートの質問に答えず、聞き返した。

「テン・・・。」

「テンカワのためではないだろ。」

 答えようとするゴートを月臣が遮った。

 月臣から見たゴートはテンカワのためという理由でクリムゾンに挑むような男ではなかった。

「・・圧倒的に人手が足りない。俺でも手伝えることがあるだろう。」

 ゴートはしばし考え込んだ後そう答えた。


 アキトの身体を鍛えるための指導は行った。

 そのこともありアキトとは随分付き合った。

 だからアキトのことでクリムゾンに恨みはある。

 だがそんな感情だけで戦えるほどクリムゾンは甘くない。

 少なくともクリムゾンとの戦いを決意させるほどアキトに入れ込んではいなかった。

 そこが他の人間とは違う。


 しかしアカツキを始めエリナ、イネス等はクリムゾンと戦う決意をした。

 死の危険すらあるにも関わらずにだ。
 
 自分には止めることは出来なかった。

 誘われたときは躊躇ったが、最終的には承諾した。

 アキトが死んだことは振り切っている。

 だが、これからまだ生きている仲間が死ぬかもしれないのを見過ごせるほど自分は冷血ではない。

 アカツキやエリナ、イネス、そしておそらく加わることになるであろうプロスとルリ。

 彼等は自分の仲間なのだ。

 だから守ってみせる。

 自分の力でどこまで出来るかわからない。

 それでもいないよりはマシだろう。


 だからゴートは打倒クリムゾンを決意した。

 滅ぼすためではなく守るために。

 生きている仲間達を守るために。



 ゴートの言葉の後、訓練室には静寂が広がっていた。

 二人とも黙ったまま立っている。

「・・・俺には戦う理由はない。それが理由だ。」

 しばしの時間が流れた後、月臣が口を開いた。

「そうか。」

 ゴートもそれっきり何も言わない。



 月臣が戦う理由。

 アキトのためというわけではないのは確かだ。

 確かにアキトには色々思うところがある。

 嘗ての自分の上司が行ったことに巻き込まれたのだ。

 少しでも償いになればと木連式柔を教えた。

 アキトの戦いにかける執念には一人の武人として感銘を覚えた。

 だがそれだけ。

 決してそれ以上ではない。
 

 クリムゾンとの戦いを承諾したのは断る理由が無いからだ。

 今の自分はネルガルの犬なのだ。

 親友を殺してまで信じた正義は正義ではなかった。

 正義を見失い、親友を殺した責に駆られたこともあり、熱血クーデーターの後木連を出た。

 地球に来たからといって特にやることはなかった。

 やる気も起きなかった。

 
 そんな時プロスに出会い、ネルガルに誘われた。

 自分でも驚くほどあっさりと誘いを受けた。

 正義を、戦う理由を見失っている自分はただの「力」だから。

 ただの「力」など誰かに飼われるのが相応しい。

 それ以来自分は犬だと言う言葉を好んだ。


 しかしネルガルに言われ、戦い続けている中で分かったことがある。

 ネルガルは自分の正義を持っていた。

 戦っただれもが自分の正義を持っていた。

 以前の自分であれば認めなかっただろうが、彼等は確かに正義を持っていた。

 それに引き換え自分はなんだ。

 いまだに優人部隊の制服を脱げないでいる。

 いまだに木連の正義に縋っているのか。

 いまだに白鳥九十九を引き摺っているのか。

 そう考えたとき、時月臣には戦う目的が生まれた。

 自分の正義を見つけること。

 多くの戦いを、経験を積みむことで自分の正義を見つけること。

 そのとき自分は優人部隊の制服を脱げる、または誇れるはずだ。


 だから月臣は決心した。

 戦い続けることを。

 今は無き戦いの理由を見つけるために。

 その一環としてクリムゾンと戦うことを。



 しばらくして二人は訓練室を出て行った。

 無口な二人の心中を知る者は少ない。

 だが彼等の心の中には固い決意が宿っていた。







 アカツキが出て行った後の隠し部屋ではアキトが運び出されていた。

 運び出しているのはアキトを知っている数少ないネルガル社員であるユーチャリスの整備員達である。

 運ばれていくアキトにはイネスが寄り添っていた。

 いままでアキトに会いに来ることがなかったイネスが初めてアキトに会いに来たのだ。


 アキトに謝罪するために。

(ごめんなさい。必ず治すなんて言ったのに治して上げられなかった。)


 そして自らの決意を宣言するために。

(だから見ていてちょうだい。今度こそあなたの役に立って見せる。必ずクリムゾンを滅ぼして見せる
 わ。ゆっくり休んでね・・・お兄ちゃん。)


 心の中でアキトに語りかけるイネスに見送られながらアキトは運ばれていった。

 アキトは化粧を施された後、彼の愛機ブラック・サレナの元へと運ばれていくのだ。

「黒い王子」テンカワ・アキト、最後の出撃のために・・・








 それから三日後、新聞各紙の一面に言葉が踊った。


「史上最凶のテロリスト、テンカワ・アキトネルガルの最新鋭艦の前に死す」







 そしてこの日を境にネルガルとクリムゾンの泥沼の経済戦争が展開されていくことになった。
















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