1913年、(大正二年)辛亥革命後の中国において勃発した第二革命は孫文の日本への亡命を持って
終焉を迎えていた。


袁世凱が帝政を目指し始めたこと反発した孫文及び軍閥達は袁世凱に反旗を翻すと共に、日本に援助
を求めた。


しかし、戦いにおいて孫文の期待した日本政府の援助はなかった。

日本政府は中国の安定を望んでおり、孫文では中国は納めきれない。そう日本政府は判断したのだ。

結果勢力に劣る孫文らは敗退、孫文は日本へと亡命していた。


一方、日本政府が中国のみならず、欧州にも目を向けなければならない事態が生じていた。


風雲急を告げる欧州情勢である。

東にロシア、西にフランスを抱えているドイツはかつて両国を気にしながらしか行動を起こせなかった。

しかし日露戦争の結果、今のロシアの目は確実にアジアを向いている。

現在は大韓王国に英米が進出しているため控えているが、極東に配置されている兵力を見ればそれは
明らかだった。

その結果、東方の圧力が減ったドイツはフランスに向ける圧力を強め、強硬外交を展開したのだ。


そのため、ドイツとフランスの関係は急速に冷え切っていった。



そんな欧州の情勢を睨んだ閣議が連日のように開かれている。



「欧州の戦争は避けられそうにないのかね?」

 牧野外相から報告を受けた山本総理が訊ねた。

山本権兵衛は海軍の出身である。いまだ国民の中には反軍感情が根強いもののその矛先は大半が陸
軍に向けられているために、就任に当たってたいした反対はなかった。

この人事には軍縮の継続で不満の高まる軍部への懐柔政策の一環であった。

「今の情勢では極めて難しいと思われます。」

牧野外相が答える。

「これだけ各地で火花が飛んでいると、その全てを解決するにはよほどのことが起きなければなりませ
ん。現時点では困難だと言わざるをえないでしょう。」

現時点において欧州情勢はすでに戦争不可避の空気となっていた。

ドイツがその矛を引かない限り、遅からずして戦争が始まるだろう。ドイツでも、そしてフランスでも戦争
計画が立てられているのだ。

「では欧州に戦争が起こった時の対応を考えなければいけないわけだ。つまるところ参戦するか否か、
するならどちらの側に立って参戦するか。」

「もちろん独国の側に立って参戦すべきです。」

山本総理の問いかけに木越陸相が真っ先に答えた。

「アジア地域の独軍と協力し、アジア地域の英、仏軍を追い払うべきです。成功すれば我が帝国はアジ
アに大きな勢力を築くことが出来るでしょう。」

木越陸相の言葉に熱がこもり始める。

「そういった利益を示せるなら反軍感情の強い国民の支持も得られるはずです!」

「私は反対です。」

力強く言い切った木越陸相のあとに高橋蔵相が口を開いた。

「仮に成功したとしてアジア地域を占領したとしましょう。それで、もしも独国が負けた
場合はどうするつもりですか?」

高橋蔵相はそう言うと、閣僚たちの顔を見回した。

 日本が単独で英国と戦えるのか。答えは否である。

今の状態では仮に中国の協力が得られたとしても英国には勝てないだろう。それに仏国との戦いにも
繋がる。それでは日本の勝ち目は万に一つも無い。
 
「占領地を返すだけでは済みません。そのような危険を冒すぐらいなら中立を守り通すべきです。今は
欧米諸国に対抗出来るだけの国力を着けることが急務です。」

 高橋蔵相は言い切った。
 
「そこは独国に掛けるしかないでしょう。我が国も独国のために出来る限りの協力を行えばきっと勝て
るはずです!国を発展させるには時として賭けの要素も必要ではないですか?」

高橋蔵相の反論にも木越陸相は一歩も引かない。

「しかし余りにも無謀すぎます。我が国の国力は、いまだに欧州列強を相手に賭けを出来るほど高い
レベルには達していません。」

高橋蔵相は断固として反対した。

現在日本の所有している陸軍は12個師団。海軍の戦艦は10隻存在しているものの、その全ては前
ド級戦艦であり戦力としては数えにくい。金剛級の完成にはあと少しの時間を必要としている。

その程度の戦力で列強の戦いに加わろうとするのは無謀と言えるだろう。

木越陸相もそれをわかっているからこそ、アジア地域限定での攻勢を主張しているのだ。

「それに、協力というが欧州は余りにも遠い。いったい我が国が何を出来るというんだ。」

 論争を交わしている二人の間に原内相が割って入る。

参戦を果たした上で物資を送るというのは現実的に無理がある。

日本から独国への海路には英国領が多数横たわっており、最終的には英国本国の至近距離を通ら
なければならないのだ。

かといって陸路も取れない。現在の情勢では独露戦が勃発する可能性が極めて高い。そうなれば、
陸路は海路以上に通りにくいだだろう。


「アジア地域で暴れれば英国や仏国の戦力を引きつけておけます。独国への間接支援が可能になる
と思いますが。」

原内相の問いに木越陸相は答える。

「アジア地域の英軍、仏軍に限定したとしても勝てるのか?陸軍12個師団しかない皇軍で勝てるの
か?」

木越陸相に向かって原内相が念を押す。

「戦争が始まれば動員数は一気に増えます。必ず勝てます!」

木越陸相は自信を持って答えているが、陸軍内でも意志の統一が為されているわけではない。

一部では現在の戦力では無謀過ぎるという意見も確固として存在していた。つまり、欧州大戦参戦派
は陸軍の一部の意見と言える。

「では英仏がアジアを放棄した場合はどうなるんだ?」

「それはありえません。」

原内相の疑問に木越陸相はきっぱりと答えた。

「一時的にでも帝国の手に渡しておき、欧州での戦争が終結後全力で取り戻すという策もあると思う
が。」

「そ、それは・・」

原内相の新たな意見に木越陸相がつまる。

主戦場はあくまで欧州なのだ。考えられないわけではない。アジア地域と言っても日本が攻められる
のは極一部なのだ。それでは英国の戦争計画を乱すことは出来ないだろう。

もっともそれは理屈上のことであり、英仏共に日本に領土を占領させておくことはないだろう。それが
たとえ極一部の植民地だったとしてもである。

アジアをアジア人の手に渡すことは、英仏にとっては面白くない事態が起こる可能性も捨てきれない
のである。

「海軍はどうだ?」

原内相達のやり取りを聞いていた山本総理が斎藤海相に話をふる。

「厳しいと言わざるを得ません。金剛級の戦艦四隻が揃ってなんとかなるか、といった状況です。そ
れとてこれ以上極東艦隊が増強されなければの話です。」

 悔しげな表情をした斎藤海相が答えを返す。

「それならば、独国に援助物資を送りたいというのなら中立を通したほうがいいのではないか?」

「生活物資を送るのならばそうでしょうね。英国海軍も中立国の船には手を出さないでしょうし。ただ
し軍需物資を送るとなると別です。例え中立を通しても攻撃を受けるでしょうし、最悪の場合戦争に
強制的に巻き込まれることになるでしょう。」

山本総理の問いに斎藤海相はそう答えた。

参戦を避けるべき。そのような答えをするのは、斎藤海相とて悔しいだろう。

だが、それが今の日本の状況なのだ。

日露戦争の結果国力を落とし、懸命に復興に努めてきた。しかしいまだ国力は一流国には並べない
のである。

「つまり帝国は主戦場となる欧州では独国を助けることは出来ないということか?」

「そうなります。」

閣僚たちは皆悔しさを顔に匂わせている。

世界中を揺るがすような戦争になるというのに、日本はほとんど影響力を及ぼせないのだ。

日本を指導している彼らからすれば悔しくて仕方ないだろう。

「ということはやはり参戦すべきではないでしょう。そんなことをしなくても戦争需要で我が国は潤され
るのですから。」

 高橋蔵相は静かにそう言った。

高橋蔵相の、いや日本の多くの人間の考えでは今はまだ国力充実を目指す時期なのだ。

欧州全体が巻き込まれるような戦いが起これば、日本は大いに潤うだろう。

それは今まで中国相手に国益の多くを担ってもらっている日本にとっては非常にありがたい話であ
る。

「しかしそれはあまり期待出来ないのではないですか?戦争が避けられないとなれば当事者の各国
は当然備えをしているでしょうし。やはり大きな利益を得るためには参戦すべきです。」

 しかし、木越陸相は引き下がらずに参戦論を主張する。
 
この時代、戦いはそれほど長引かないで決着がつくというのが常識であった。総力戦、つまり国力を
結集した戦いというのは日露戦争でその片鱗を見せたに過ぎないのだ。

「参戦、参戦というがドイツに勝ち目はあるのかね?」

 山本総理が疑問を投げかけた。

「先ほども言った通り賭けの要素もありますが、可能性は決して低くはないと思います。独国の動員
数は仏国を上回っていますし、露国は未だ極東における南下を諦めずに少なからぬ戦力を極東に
貼り付けています。また、露国の広大な台地や線路の不備から考えるとそれらの戦力や動員した戦
力を戦場に送るのに時間がかかることが予想されます。英国もすぐには多くの兵力を大陸へは送れ
ないでしょう。つまり開戦直後は独国側のほうが戦力は多いと予測されます。」

木越陸相は意外なほど冷静に分析して見せた。

この時期ロシアは、日露戦争の結果一旦は食い止められた極東の南下政策を虎視眈々と窺い、大
韓王国に進出を行っている米英に対抗すべく少なからぬ数の戦力を極東に貼り付けたままにしてい
た。

そのため、独国内部でも露国の動員の遅れという隙をついた作戦計画が立案されている。

「それでは短期決戦になれば独国が、長引けば協商側が勝つということかね?それならばなおのこと
参戦するのは待ってしばらく様子を見たほうがいいのではないか?」

「そう言い切れるわけではありません。それに短期決戦へ持ち込むためにも、我が国が協商側のアジ
ア地域にある植民地を攻めるのです。」

木越陸相は頑ななまでに持論を崩さない。

「まあそれは一先ず後にして、海軍戦力はどうなのかね?」

 木越陸相の言葉を受け流しつつ山本総理は斎藤海相へと言葉を向けた。

「海軍戦力に関してはやはり協商側が圧倒的に優位にあると言えます。確かに独国海軍は増強著し
いですし、14インチ以上の砲を装備した戦艦の建艦予定も存在します。とはいえ英国海軍は絶対的
な数も多く、この先14インチ砲の戦艦も建艦されていきます。それに仏国海軍も決して少ないとはい
えない戦力を所持しています。」

斎藤海相はもたらされた情報を元に、説明して行く。

「つまり短期決戦なら独国に勝機はあるものの全体的には独国は不利ということになるな。」

「だからこそ独国側に立って参戦すれな大きな見返りを求めることができるのです。」

木越陸相が口を挟む。

「木越君、きみが参戦を主張する気持ちはわかる。確かにその賭けに勝利すれば我が国は一躍強国
の仲間入りだ出来るだろう。そして陸軍も大幅に増強される。」

そこまで言うと、山本総理は木越陸相の目を見据えと、

「しかしやはり危険すぎる。本来我が国とは関係のない戦争にわざわざ首を突っ込む必要はないだろ
う。100%勝てると決まっていないのだからな。」

 そう宥めるように言った。

「し、しかし・・」

「それに、もし参戦して負けるようなことがあれば我が国は二度と強国へと成り得ないかもしれない
ぞ?そうすれば陸軍もただでは済まないぞ?」

山本総理は今度は脅しの要素も交えた発言をする。

「・・・わかりました。」

「うむ。しかし誤解しないでくれ。今の状態で戦争に突入したならば参戦しないということだ。今後の展
開次第では参戦が有り得ないということではない。」

 閣議の結果、最終的にはもしも欧州で戦争が起こったときは「現状の状態では参戦せず」が基本政
策をして掲げられた。



 一方で日本は悲願である条約改正へと乗り出した。

欧州の戦争で潤おうにも、関税自主権がなければ中途半端になってしまう。

また、日本の国力は復興をとげ、恐れられないまでも、決して侮る事は出来ないはずだ。

戦争が始まるとなれば、出来るだけ敵を増やさないようにと条約の改正に応じてもらえる可能性が高ま
る。

そんな理由から今こそ好機と考えた日本はドイツに仲介を依頼、各国との交渉へと入った。

列強諸国との交渉の結果、条約の改正がなされるのは1914年初めのことである。



そして1914年6月28日、ボスニアの首都サラエボに二発の銃声が鳴り響いた。
 
セルビアを訪問中のオーストリア皇太子フランツ・フェルディナント大公及び大公妃ゾフィアがセルビ
ア人の青年ガヴリロ・ブリンツィップによって射撃を受け、フランツ大公が死亡、大公妃が重症という
自体に陥ったのだ。
 
そして、このことは同国政府にボスニアに対する宣戦への口実を与えることとなった。

途中イギリスが仲介に動くことになったがドイツ・オーストリア共に拒否、ついに同年七月二十三日四
十八時間の期限を持ってボスニアに対して最後通牒が手渡された。



「さて諸君、先ほどオーストリアから最後通牒を送ったとの連絡が入った。これで戦争は確実だ。モル
トケ、戦争の準備はどうなっている?」

「はっ!兵員及び輸送の準備は整っております。動員を開始すれば二週間で全ての戦線において完
了できます。」

ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世に問い掛けられた参謀総長モルトケが答える。

「作戦計画はどうなっている?」

「シェリーフェンプランを基に若干の改良を加えた作戦計画が既に立案済みです。」

「ではいつ戦争になっても大丈夫だということだな?」

「その通りです。いつ始まってもロシア、フランスを叩けます。」

「そうか。ところでアジアでの日本との交渉は終わったのか?」 
 
モルトケの言葉に満足げにうなずくとカイザーは外相キダーレンに問い掛けた。

「はい。独日協定に基づいてアジア地域の我が国の領土、租借地への軍事物資の供給を行う確約を
取り付けました。ただし参戦はしないとのことです。日本が参戦してくれればアジア地域に於いて攻勢
を取ることも出来るのですが・・・」

「そうか、参戦しないのは残念だがまあいいだろう。しょせんアジアは守っていていればいいのだ。そ
の間に欧州で決着を着けるのだからな。それに、たかが日本の軍隊が加わった程度ではアジアでイ
ギリスに対抗するのは難しいだろう。」

残念そうに言ったキダーレン外相の言葉をカイザーはあっさりと済ます。

「その通りです。先の戦争で意外と強いことを証明しましたが日本の陸軍はせいぜいロシアと対等。そ
の後の軍縮を考えるととても現在イギリスと互角に戦えるとは思えません。あまり期待するものではな
いでしょう。」

 カイザーの言葉に続けてモルトケが言う。

「しかし動員兵力では協商に劣るのですからアジア地域にイギリスの兵力を少しでも貼り付けておくの
が良策だと思います。ですからこれからも日本との交渉を続けたいと思うのですが。」

二人の素気無い態度にキダーレン外相が食い下がる。

「動員兵力など関係ない!最初にフランスを素早く撃破、その後ロシアと本格的な戦闘を開始する計
画は立っている。この作戦で兵力が足りなくなることなどない!」

「それはあくまでも理想の話のはず。戦争では悪い事態も考えておくべきなのではないですか?」

「なんだと!」

「もうよい。やめろ。キダーレン、戦争を直前にして士気の落ちるような発言はやめろ。日本との交渉
はきみに一任する。」

 モルトケとキダーレンの言い争いにカイザーが呆れ顔で介入した。

「はっ。わかりました。」

「それでは諸君、宣戦はおそらく八月一日になるだろう。国の行方のかかった戦争である。最善をつく
してくれ。」

「「わかりました。」」



もはやヨーロッパにおいて戦争を阻止する手立ては失われており、各国とも参謀本部に引き摺られる
かの如く戦争への道を駆け降りていた。

そしてとうとう七月三十一日、ロシアは正式に総動員を開始した。

それを見たドイツは八月一日ロシアに宣戦を布告、二日後の三日にはロシア支援を明らかにしていた
フランスに対しても宣戦を布告した。

大陸での戦争勃発を受けイギリスも翌日四日にドイツに対して参戦を布告し、ここに至り戦争はヨーロ
ッパ中に広がることとなった。



ドイツがロシアへ宣戦布告した八月一日、一隻の船が大海艦隊に配属された。

巡洋戦艦「フォン・ライヘア」

本来ならば「金剛」と呼ばれるはずであったこの巡洋戦艦は戦争を予測したドイツ海軍によって日本へ
の売却を停止、大海艦隊に配属されることとなっていた。










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