ドレッドノート番外編

「Drifter」1
からりと引き戸が開く音がして、鴉黒は立ち上がった。主、加峨谷猛とそれについていった祢津俊英、そして迅雷のお帰りだ。
「お帰りなさいませ、主。それに俊英様」
「あら、鴉黒帰ってたの。早かったのね」
「疲れました・・・」
げんなりとした表情を見せる俊英にも鴉黒はやさしく微笑む。
「俊英様。お勤めご苦労様でした。こたつでゆっくりなさっては?」
「そうですね、そうします」
と言って俊英は土間から上がろうとした。が視線の先に見慣れない靴を発見して少しだけ躊躇した。
「・・・誰か来てるんですか?」
「あ、忘れておりました。主、戸隠様と冴島様がお見えです。客間にお通ししておきましたが」
「あらそう。客間ね・・・」
加峨谷は俊英を追い越して廊下を進む。
「俊英、何してんの。早く来なさい」
「は、はい」
慌てて俊英も加峨谷の後ろにつく。加峨谷は歩きつづけ、客間に行く前に、まずこたつのある居間へと向かっているようだ。
この家にも多少慣れた俊英にはそのくらいのことはわかる。
といってもまだまだ自分の知っていることはほんの一部で知らされていないことやわからないことは多々あるのだが。
俊英の予想通り、主は居間に入るための襖をすぱんっと開けた。
「・・・どうも、お邪魔しとります」
「よっ!」
「・・・あんたら、勝手に人んちのこたつに入ってんじゃないわよ!」
俊英の知らない男が二人、こたつでみかん。
二人は、戸隠圭司(とがくしけいじ)と冴島武(さえじまたけし)というそうだ。なんでも加峨谷いわく「同業者」だとか。
「まあ、専門分野が違うんであんまりお仕事はかぶりませんけど」
そういって戸隠が笑う。切れ長の目が細められ、くしゃりとした人のよさそうな笑顔だ。
最初に「お邪魔しとります」と言った方で、肩より長い黒髪にはパーマがあてられている。
無精ひげのようなあごひげを蓄えていて、年のころは加峨谷よりも少し年下だろうか。
「しかし、おまえはいつまでたってもチビだな」
「だからチビと言うなといつも言っているだろう!!」
冴島は迅雷を膝の間に挟み込んで何やらからかっている。年は戸隠と同じくらいだろう。
こちらも肩に届く直前の長い黒髪だが、さらに特徴的なのは瞳を完全に隠してしまう真っ黒で大きなサングラスである。
「んで、このおぼっちゃんは?」
冴島が彼の正面に座った俊英を指差す。
現在の配置は上座に加峨谷、加峨谷から見て右側に俊英、左側に冴島、そして加峨谷の正面に戸隠である。
「ああ、うちの新しい居候。よろしく」
「・・・祢津俊英です」
「俊英か。よろしくな。『ドリフターズ』っていうのは俺らのことだから」
「・・・ど、どりふたーず?」
言われた俊英の頭に咄嗟に浮かんだのはかの有名すぎるコント集団。冴島と戸隠も同じようにコントをするのだろうか?
まさか、お笑いとオカルト関係の「二束の草鞋」? と俊英の思考を読んだかのように、冴島が「おまえ、今違うの思い浮かべただろ」と釘をさす。
そっちじゃねーよ、と付け加えて、冴島は指で虚空にアルファベットを綴った。
「D、r、i、f、t、e、r。Drifter、『漂流者』って意味さ。んで、2人だから複数形のsをつけて、Driftersっていうのが俺らの名前。覚えとけよ?」
そう言って冴島はニヤリと笑う。戸隠の笑顔とはまた違う、何かをたくらんでいるような顔だ。
「って、漂ってんのはアンタだけでしょうが」
「ああん?」
戸隠が突っ込み、冴島が顔をしかめる。なるほど、そんじょそこらのコンビよりも、テンポの良さが光る。
これだけのやり取りで俊英はこの二人はきっといいコンビなんだなと思った。
「お2人はどんな業を使うんですか? 主みたいに札を使ったりとか?」
俊英の言葉に戸隠と冴島は一度顔を見合わせ、それから二人揃って俊英に笑いかける。
冴島はニヤリと、戸隠はくしゃりと。
「それは見てからのお楽しみだ」
「俊英君の前でお披露目する日が来るかどうかはわかりませんが」
「ま、それまで楽しみに待っててくれよ」
うまくはぐらかされた気がする。がとりあえず俊英は『Drifters』という名前を頭にしっかりインプットした。
「で、どうだったのよ、ヨーロッパは」
今まで黙って茶をすすっていた加峨谷が、タイミングを見計らったかのように話を切り出した。
どうやらDriftersの二人はしばらくヨーロッパに行っていたらしい。
「ええ、いい感じになりましたよ」
それを受けて戸隠が話をしようとする。がそれを冴島が遮った。
「美人のねーちゃんのひっかけかたとかしっかり学んできたぜ」
「教えなさい」
「だれが教えるもんか! 美人のねーちゃんえさにして、あんたをけちょんけちょんのぎったんぎったんにしてやるんだからな!」
「いいから教えなさい」
「イヤだねー」
加峨谷と冴島の言い争いを俊英はぽかんと見ていた。あの「ある意味最強」な主と対等に渡り合う冴島。それを止めに入ったのは戸隠だ。
「ああもう、やめなさいって、冴島。加峨谷さんもあんまりむきにならないでくださいよ」
いがみ合う二人に仲裁の手。ところが今度は冴島が矛先を戸隠に向けた。
「って、おまえだってしょっちゅう加峨谷とバトってんじゃないかよ。冷凍みかんの早食いだろ? りんごの早むきだろ? その前はおにぎりの大食いだったし、その前は」
「そんなに列挙しなくていいから!」
つまりはこの二人と主は、結構いろんなところで争っているということで。
「主はこの二人にだけはよくつっかかるのですよ」
いつのまにか後ろにやってきて、お茶を足していく鴉黒が、俊英にそっと耳打ちした。
迅雷が主の隣で、大きなあくびをしていた。
「あの・・・」
「んだよ」
「あ、何でもないです」
「ちょっと冴島、俊英君が怖がってるじゃないですか」
真正面から不機嫌な声が飛んできてひるんだ所を戸隠がフォローしてくれる。
俊英にもだんだん見えてきた。この『Drifters』は冴島が先陣、戸隠がフォロー役なのだろう。
「何よ、俊英」
主の「言いなさい」、という視線を受けて、俊英はゆっくりと口を開いた。
「・・・お二人は何のために、今日ここにいらっしゃったんですか?」
一瞬場の空気が凍りつく。
「・・・忘れてた」
ぼそりとつぶやいたのは冴島。そのままこたつの上のみかんを手にとりながら、彼は戸隠と顔を向けた。
「え、俺が話すんですか?」
「あたり前だろ」
しょうがないですねぇ、と戸隠はため息をつき、今日の来訪の理由を加峨谷たちに話し始めた。
戸隠いわく、今回は仕事の依頼にきたのだという。
実は数日前、『Drifters』はひとつの依頼を受けた。それはとあるお金持ちを懲らしめて
やってくれという依頼だった。『Drifters』はある意味何でも屋(と戸隠は俊英に説明した)
だが、誰か人間を肉体的、精神的に傷つけるような依頼は断っている。
しかし今回の依頼主が『Drifters』を懇意にしていたため、そして『Drifters』もその依頼主からの依頼を収入源にしていることが多いこともあり、
断りきれなかったのだという。
「で、俺たちだけじゃなくて、あと一組ぐらいつれてきて、派手にやってくれって言われたんで」
「アタシに頼みにきた、と」
「そういうことです」
戸隠は話し終えて喉が渇いたのか、茶を一口、ずずっと飲んだ。
「俺らと一緒になって暴れてくれるのは、加峨谷サンと富永と伊藤ぐらいだろうなって。でもさ、富永も伊藤も今いねぇんだよ」
横から冴島が補足する。
「あ、俊英。富永と伊藤っていうのは俺らの知り合いな」
「は、はい」
加峨谷は腕を組みしばらく考え込んでいたが、不意に言った。
「・・・断る」
「ええっ!」
断られるとは思っていなかったのか、冴島と戸隠は驚いたような声をあげた。
「・・・アンタたち、もう依頼された仕事は始めてるのよね?」
「はい。『ジョゼ』の能力を使って夢で脅してますけど」
新たに出てきた『ジョゼ』という単語に俊英は首をひねるが、それを質問している場合ではなさそうだ。
三人のやりとりを黙って聞いておくことにする。が、不意に思い立って、再び首をひねった。
有名なお金持ちを、夢で脅している?
加峨谷はにっこりと笑った。
「ごめーん。アタシ、その脅しを排除する側にまわっちゃった(はぁと)」
先ほど加峨谷と受けに行った依頼は、とある会社の会長からの依頼だった。
男は脱税の裏帳簿を渡せ、と何物かに『夢で』脅されているのだという。そんなものは持っていないので脅しをやめさせてほしいと頼まれた。
加峨谷は報酬の良さと代議士の連れた美人秘書に惹かれ、また同行した御崎字見の口添えもあり、その依頼を受けたのだった。
「夢で脅す、なんて手口は常套手口だからどんなやつがやってるんだろう、って思ってたんだけど。
まさかアンタたちだったとはねー。これで予備調査する手間が省けたわ」
加峨谷はほくほく顔でみかんを頬張る。対照的に苦い顔をした戸隠。机に突っ伏して動かなくなってしまった冴島。
が、冴島は突然がばりと体を起こした。
「帰るぞ」
「え」
「商売敵と暢気にお茶なんかしてられっか! とっとと帰るぞ、圭司!」
「あ、ちょっ、冴島・・・」
文字通り風のように出て行ってしまった冴島に対して、戸隠は苦笑いを浮かべた。
「ほんと、すいません。でも、失敗したら俺らも食いっぱぐれるんで」
負けません。
戸隠は加峨谷を一睨み。対する加峨谷はふふんっと余裕の笑み。
「じゃ、お邪魔しました」
先ほどの鋭い視線はどこへやら。戸隠はまたくしゃりと笑った。
「迅雷、またね。鴉黒さんによろしく。俊英君も、また機会があれば」
「送るぞー」
軽く片手を挙げて出て行く戸隠を迅雷がとてとてと追う。俊英と主の位置から姿が見えなくなる。と加峨谷がサングラスを外した。
「こりゃ、本気でいかなきゃな」
「あいつら、ほんとに強いんだ。なめてかかると、負ける」
ま、そんなことはまずありえないんだけどねぇ。
サングラスを外した真面目顔はどこへやら。すぐにサングラスをかけなおしたオネエ言葉で、加峨谷はへらりと笑った。
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