鉄道全般ならOK! ホームページの感想もどうぞ 運転士 伊藤純一
こんばんは。ホロや胴受上部の穴等の難問も氷解したようでなによりです。 「Railguy」No55、Satokawa様文責の「旧形国電の現状と今後の見通し」 拝読致しました。巻頭特集の文章責任を務められていたとは存じませんでした。他にも 数点の写真も寄稿されていたのですね。この雑誌は新刊時に買い求めましたので、私は S56年から里川様のお名前を拝見していた事になりますが、全く気が付きませんでし た。まさか著者とネット上で会話出来るなんて!「宇部区の配給列車」も掲載されてい ますね! ところで、この電車+貨車はどのように連結していたのでしょうか?いわゆる「中間 連結器」で密連と自連を連結していたのでは?と思いますが・・・。 この「Railguy」は大判のグラフ雑誌で、撮影データも付記されているのは写 真重視の現れでしょうか。今改めてページをめくるとそこに記された機材名が時代を感 じさせてくれます。丁度初期の「RailMagazine」はこの雑誌の体裁をパ クッたんじゃないかと当時思っていました。特に中綴じから平綴じに変わった後期「R ailguy」の影響は多分に受けていると感じます。 Satokawa様はこの号以外にも「伊那谷の走者たち」やダイヤ改正の話題等も寄稿され ていらっしゃるようですね。 それでは。
こんにちは。 時間がないので短信で。 西ナハさん、鎌倉への変更はJR東日本横浜支社が大船電車区と工場を統合して、 組織の縮小をはかったようです。 これで横浜線所属の車両は、 ヒナ→カマ→フナ→クラと「寝ぐらがえ」した事になりますね。 電車界のジプシーか? Satokawaさん、宇部・小野田線の思い出有難うございます。 友人が掲載誌を持っているそうです。私も古本探してみます。 クハ55前照灯埋込車の話や配給の話にも触れたいのですが、 またの機会に譲ります。 本日はこれにて失礼します。
運転士様おはようございます。西ナハです。 不勉強で申し訳ありませんが、今は大船工場て言わないんですか? 鎌倉とはずいぶんと思い切った命名ですね。それもこの時期に。 ツヌ→ラシは悪夢のツヌを抹消したかった為と理解しましたが、 他にもシナ→ヤテ等実体に即した変更もありましたよね。 私は大船工場へ一度も行ったことがないので、是非23日は 出陣したいと思います。248に会えたら幸せですね。 また、91002の写真ありがとうございました。 ところで42006にその後の動きはありますか? 42001に乗車した際、車内のノ−トに運転士様の記述 ('99/9/22(雨)だと思った)を発見しました。 運転士様の心中察します。 それでは。
皆様おはようございます西ナハです。 木・金と飲み会が続いたので掲示板に参加できませんでした。 §穴 Satokawa様、穴の疑問解明ありごとうございました。 確かに自連が上下に自由に動いたら外れちゃいますよね。 EF63はからくりが表に出ているので理解出来るのですが、 電車は穴の中にからくりが隠されているようなので写真では判りません。 また、かんぬきとはどういったものであったかも知りたいです。 もしご存じであればもう少しお教え下さい。 §スパナ ところで長ナノの801や長モトの803は何れも貫通扉左横にスパナ みたいなものが取り付けられていますが、このスパナは例のかんぬきと 何か関係があるのでしょうか?このスパナ、クモエ21800(双頭連)では 埋められた貫通路ど真ん中に取り付けられています。 ジャンパ栓を解放する際は一般に木のバット?状のジグを使用するので、 私はかんぬきと関係有り?と思うのですがいかがでしょうか? この木のバット?は通常連結手が持っていますが、何処かの赤い牽引車 (確か交流車で72改だったので青森か鹿児島)では前面角に 取り付けられている写真を見たことがあります。 本掲示板の方なら同車の写真をお持ちではないでしょうか? §木片 話しは変わりますが、先日の幡生工見学の際撮影したクモハ11117の 写真を見てみると胴受けの両側に木片が鉄バンドによって固定されています。 すなわち自連が左右に動き過ぎないようになっています。 可部、福塩等の自連装着車の写真を調べてみると皆この木片が 取り付けられているようです。自連装着車は機関車、客車、貨車でも 密連程左右動が利かない様に見えます。 自連は上下左右動全て規制されていたのでしょうか? それでは。
毎度ご乗車ありがとうございます。運転士の伊藤です。 以前話題に上がっていた、鎌倉総合車輌所(旧大船工場) の詳細が判ったので、書かせて頂きます。某MLにも同様 の記事を流したので、重複しますけど。 大船駅の構内に、告知ポスターがありました。内容は以下の通り。 新生第一回鎌倉総合車輌所一般公開 2000年11月23日(木:勤労感謝の日) 公開時間は、10:00〜15:00(入場は14:30迄) 場所は、湘南モノレール「湘南深沢」駅下車もしくは、 大船駅から3・4番乗り場からバスで「大船工場」下車。 駐車場も少しはあるそうですが、バス・モノレールの 利用を呼びかけています。(今回も、工場部分のみの公開です) 車輌展示(例:251系)、車輌機器の展示、作業実演 (レーザーでのアクリル加工は有名)等行われるそうです。 見れるかどうか判りませんが、ここではクモハ11248 と、ナハネフ22 1が保存されています。 クモハ11は解体線の脇あたりに留置されていますが、移動 は難しいので、見れるか判りません。ナハネフ22は 奥に仕舞ってしまったらしいので、こちらも不明です。 また、同時に社員文化祭や、工場の歴史もパネル展示も あると思われます。歴史のパネルでは貴重な車輌の写真 も見れると思います。昨年は午後から雨になってしまい、 充分見れませんでしたが、今年は、大丈夫でしょうか? 私は、出動を考えていますが、私事の事で、予定時間 は、未定となっております。ご了承ください。 自分の行動予定は決まったら、書き込みします。
こんばんは。 クモハ73622様も取り上げられている様に、最近のNゲージにおける73形の充 実は目を見張るものがあります。73901はさておき、量産車の特定ナンバーがモデ ル化されるとは素晴らしい世の中になったものです。このBONA FIDE PRO DUCT南武線4連セットは確か第2段だった筈です。最初のセットは73600台が 含まれた編成になっていたと思いますが、屋根のカーブについては記憶がありません。 タヴァサのキットで良く使われるGMの101系用屋根が指定されているならばS31 年度車がモデルとなっている訳で、トミックスのS29年度クハ79用屋根を使ってい るならS28・29年度車が元になっていると思います。うろ覚えですがクハ79は鋼 製雨ドイのS31年度車がモデルなのに屋根RがS31年度車っぽくなくて違和感が あったような記憶があります(トミックスなのか?)。今回の79310はトミックス の屋根を使っているように見えます。最近模型から遠ざかっておりますので、これ位し か判りませんがゴメンなさい。 それでは。
毎度ご乗車ありがとうございます。運転士の伊藤です。 なかなか出てこれずスイマセン。 話題の連結器横の穴のあいた、クモヤ91002の画像のアドレスを 置いておきます。 とりあえず、これにて。 http://www.geocities.co.jp/Hollywood/8621/mzc91002.jpg
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/8621/mzc91002.jpg
ふたたび、こん**は。 昔、自分で撮影した横浜線の73系の写真を見ていて ふと気が付いたのですが、クモハ73 500番台車で 主制御器がCS10を付けている車両があるのです。 Mc73500といえば63系→モハ72→クモハ73と改造 された車両ですからオリジナルの制御器ははCS5だった 筈です。CS5とCS10って互換性あるんですかねえ。 それとこんな車両って他にもあるのかな?この逆って あるのかな?‥と、こんな事考えると いつもながら 迷路に入ってしまいそうです。まだまだ73系は深いなあ。 ではでは。
連チャンついでにもう一つ。 宇部区の配給列車というのが特徴ありました。 関東・関西圏では配給電車が各区を回っていました。 その他の工場では貨車が機関車に牽かれていくのが 普通です。宇部区は貨車が電車に牽かれていきました。 但し、宇部新川から宇部区(旧藤曲)までですが‥。 たまたま、宇部線訪問の際にこの風景を見ることが、 出来、宇部新川駅での入れ換え連結風景を撮影しました。 この写真、昔々あった鉄道雑誌『Railguy(レールガイ)』の 旧国特集に掲載してもらいました。ご記憶にある方は いらっしゃいますかね?えっ?レールガイって何って? 昔々、そういう鉄道グラフ雑誌があったんです。 いや〜、歳がばれちゃいそう。 ではでは。
連チャンですいません。 南ヒナ様WRTOE >『083運転席窓の、小振りなガラスを使うHゴム化』 >確かに仙石の大きな特徴ですね。 >調達の物流コストか予算の面で気動車部品が使われたのでしょう。 >視野が狭まって、保安上問題があると思いますが。 >気動車部品の流用って他にもあるのかなぁ? あります、あります。 73系時代に実施したクリームとオレンジの塗色、まさに気動車色! >遠距離・警戒色塗装が災いしたのか、地味過ぎるのか? >旧国関係ではクモハ42 の記事が目立つ昨今とは大分扱いが違いますね。 >73大好きさんも以前書かれていたように、 >東鉄形が多く、ぶどう色なので私にも親しみのある線区でした。 そうですね。実は結構興味深い車両が多く、埋め込みヘッドライトが 残っていたとか、クロハ59改造のクハ55が残っていたとか、ノーシル ノーヘッダー車も多く、ぶどう色塗装が黒光りしていた渋い風景を 思い出します。私も一度だけしか訪問してませんが、形式写真撮影に 徹して2日で7割くらい達成してきました。このとき、ついでに山口線の C57も撮影に行ったのですが、これより宇部区に徹した方が良かったかな と、思うのはもう後の祭りです。(一体何年前のことじゃ!) 久々に昔のアルバムを見てみましょう。
以上は、2000年11月9日〜2000年11月12日までの記事です。
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