小野田線本山支線掲示板(旧型国電掲示板)

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過去ログ集です。


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中間連結器 投稿者:西ナハ 投稿日:12月 1日(金)01時17分59秒

皆様今晩は西ナハです。

 運転士様、南ヒナ様ご心配をお掛けしました。私は休日に爆睡するので平気です。
 
 §1.クモハ41026の件
     南ヒナ様ご指摘のとおり私の誤記です。また、注釈を入れて頂いた
    モハ30003の種車の件ですが、偶然ではなく恐らく沢柳氏も
    モハ30003→クモハ40026→クモハ41026と間違われた
    ものと考えられます。でも、単純なミスではなく種車が絡んだミスとは
    さすが国電研究の大御所か!?。
     余談ですが、茶色のモハ30の写真が国鉄電車回想U P.34に掲載
    されています。撮影は'61/3で常磐線電車を狙ったものです。

 §2.AK20
     73大好き様、やはり私の資料ではMH80AK20電動空気圧縮機と表現され、
    旧国用はMH16B−AK3と表現されています。当該資料は'57/6臨車設発行の
    モハ90の説明書ですが、なにぶんにも古い資料なので現在は73大好き様の
    掲げられたように表現されるのかもしれませし、また最近では関係者の方が
    雑誌等に投稿されている記事中でも73大好き様の表現を用いてるようですね。
    フォロ−ありがとうございました。

 §3.中間連結器
     横クラで見かけた253の半永久連結器と185の密着連結器とをつなぐ
    中間連結器ですが、どうやら改造品であることが判ってきました。
     この中間連結器には神戸製鋼所の社紋とHTなる記号が印されていました。
    前回も書きましたが、株式会社神戸製鋼所殿では約30年前に連結器製造から
    撤退したと東京本社秘書広報部様よりメ−ルを頂きました。そして今日新たに
    株式会社日本製鋼殿より以下の非常に恐縮するメ−ルを頂きました。

    『本”HT”浮き出し文字は連結器本体材料の表示です。この材料は、
     低マンガン鋳鋼で溶接による補修等の困難性から旧国鉄の指示により
     本浮き出し文字を表示しておりました。(HT文字の略については
     不明)この材料が使用されていた時期は、S45年頃までで、現在の
     連結器には材料の改良により溶接性が向上したため浮き出し文字の
     表示はされておりません。』

    このメ−ルに出てくる低マンガン鋳鋼とは以前の投稿で書いたSCA2
    (JIS:低マンガン鋼鋳鋼品第2種)のことと思われます。
    以上のことより横クラで見た中間連結器は、少なくとも30年前に
    神戸製鋼所で造られた、低マンガン鋳鋼製のものであると考えられます。
    しかし30年前の国鉄には半永久連結器を装備した車は存在しません。
    そうすると30年前に購入した古い(密連⇔自連)中間連結器の自連側を
    切除し、半永久連結器用のヘッドを溶接したと推理されます。
    なるほどそうゆう目で写真をみれば本体とヘッドとの間に溶接の肉盛りが
    見えます。本体がSCA2材であっても今日では溶接技術の進歩により
    構内運転程度の強度は充分に確保出来るのだと思います。
     最終的にはJR関係者にヒヤリングしなければなりませんが、
    ある一つの方向から見た私の推論です。

それではお休みなさい。    
     


仮説・千葉局ローカル73形の行先表示 投稿者:73大好き 投稿日:12月 1日(金)01時05分55秒

  皆様の情報を基に上記サボの謎を推理してみました。箱サボから運転室内サボへの移行
ですが、南ヒナ様が仰る様に電化の進展により73形運転区間が延びた時が区切りとなる筈
です。電化の推移は南ヒナ様も紹介していますが、もう少し詳しく書いてみます。

1、成田電化 S43,3,28
2、木更津電化 S43,7,13
3、千倉電化 S44,7,11
4、安房鴨川電化 S46,7,1
5、外房線電化 S47,7,15
6、成田線(成田⇔我孫子)、東金線電化 S48,10,1
7、総武線(佐倉⇔銚子)、成田線(成田⇔松岸)、鹿島線電化 S49、11,1
参照文献JRR刊「東京の国電」

 以上の様に電化区間が延びていったのですが、田中様HPや私の手持ち資料を見ても
「5、外房線電化 S47,7,15」時までは箱サボを使用している事が確認できます。
でも、(6)以降の線区で箱サボを使用している写真を見たことがありません。また、サボ
のデザインも変更されています。田中様HPの「追憶の道 東北・首都圏1」をご覧頂くと
判るのですが、成田駅のクハ79が挿している物が旧形、千葉駅のクハ79に挿している物
が新形です。それから、

【79932のサボ/元クロハのHゴム】 田中景一様投稿: 2000/11/28
> ◆クハ79932のサボ
>  実は同車を昭和47年8月に撮っていますが、方向幕はカラ、箱サボ受け無し
>  で、運転席窓内に「千葉」という札がぶら下がっていました。

この引用で、S47,8時点で既に運転室内サボも使われている事が判ります。後にこの7
9932や73387は箱サボ受を取り付けられている事からも(5)の電化推進時までは
箱サボの使用も諦めてはいない筈です。
 では何故田中様が見た時79932は運転室内サボだったのか?私が思うに、津田沼区は
関東地区73形使用線区で、最も関西からの出戻り車(箱サボ受無)が多かった所です。で
すから転入直後で箱サボ受取付が間に合わない車輌が、応急的な処置で運転室内サボを使い
だしたのでは?でもこれを使い出してみると、折り返しでの行き先換えが楽な訳ですし、サ
ボ受無車輌もそのままで運転室車内にフックを取り付ければ済む(中には窓の下部に置いて
あるだけの写真もありますが、これなら何も細工しなくて済みますね!)ので、(6)の電
化延長時に(当然更なる関西からの転入もありますよね)箱サボの使用を諦め、運転室内サ
ボを標準として採用したのでは?と思います。それから暫くは(1)〜(5)の区間では箱
サボと運転室内サボを併用し、(6)・(7)の区間は全車運転室内サボとしたのでは?そ
して運転室内サボへの統一は

【クハ79945と方向幕】 南ヒナ様投稿: 2000/11/28
> 50年3月のダイヤ改正時より。73形の活躍範囲も拡大。その対応策として、
> サボの使用を中止し、各線区に色別された行先表示板(運転台窓に設置)に
> 変更・統一したそうです。

とありますので、このS50,3で成されたのでは?出来れば関西からの転入車は何時の時
点まで箱サボを取り付け工事をしていたかも調べればより確証が得られるのでしょうが、時
間と資料が不足しており叶いませんでした。
 東鉄管内から来た方向幕車(79945・73618)については(5)の時点までは幕
使用で(6)の時から幕の交換を止めて運転室内サボにしたとすれば辻褄が合うと思います

 他にもモハ72近代化改造車の謎という興味深い話題もあるのですが、これは考察する範
囲が広くなりそうで、現在の状況では手が付けられそうにありません。何時になるかは判り
ませんが、機会があれば調べてみたいと思います。

 それでは。


クハ55(クロハ69改) 投稿者:クモハ84大好き! 投稿日:11月29日(水)12時30分26秒

こんにちは。

田中景一様、73大好き様
クロハ69改クハ55の貴重な情報ありがとうございます。田中様のHPの写真を見て、あ
のクハ55もHゴム多用改造されていたのかと驚き、模型の再改造も考えておりました。し
かし今回の情報で159あたりなら運転台窓のHゴム化だけで済みそうです。
しかし急行札差しが残っているのがいる車両が居るのは初めて知りました。雑誌等の写真で
身延線にいたクモハ51800に急行札差し&方向幕が残っているのを知って驚きましたが
(同車は前面窓も原型で低屋根化された以外は非常に美しい車両だと思います)、元クロハ
69のクハ55にまで残存しているとは。クモハ73379の電気側の写真、見てみたいで
す。コトキチ様が持っておられれば最高なのですが。コトキチ様、もし時間がございました
ら調べていただけませんでしょうか。お願いいたします。

この掲示板ならば今までわからなかった事、知らなかったことが次から次へと判明していく
ようで、皆様の観察力・記録力にはおそれいります。今後もどうぞよろしくお願いいたしま


トリオ・ナナサンなど 投稿者:全金車クハ79951 投稿日:11月29日(水)12時10分37秒

こんにちは、全金車クハ79951です。南ヒナさん、早速、在りし日の
旧国方向幕の情報提供ありがとうございます。いいですね、当時の「氷川」
「淺川」等の旧駅名、味があります。
で、疑問が湧きました。青梅線には複線区間折り返しの東青梅行というのが
あったように思ったのですが、方向幕から察するに、無かったのでしょうかね?

皆さんの情報から、サボ入れの取り付け一つとっても奥が深いことを再認識
させられます。
 クハ79600番台のサボ車両も、いいですね。低運転台の103系や101系
にサボをつければ、立派な全金クハ79920番台、957以降に仲間入り。

 「トリオ・ナナサン」なかなかいいじゃないですか!私はデータ不足で、
残念ながら、カルテットに入れませんが。
  
 八百屋の青唐辛子の話、吹き出しました。私もスパイスが好きで、多くを
ブレンドしてカレー粉を作ったりします。もちろん、タバスコやパラペーニョ
も好物ですが、原料野菜に飛びつく領域には達していません。


千葉局ローカル73形のサボとクモハ71 投稿者:73大好き 投稿日:11月29日(水)10時49分00秒

 おはようございます。

◆千葉局ローカル73形のサボ
 この問題では南ヒナ様、田中様には大変お世話になっております。改めて御礼申し上げま
す。千葉局ローカル73形の箱サボ使用中止時期と助士側窓内サボへの統一時期ですが、南
ヒナ様の情報では

【クハ79945と方向幕】 南ヒナ様投稿: 2000/11/28
> 50年3月のダイヤ改正時より。73形の活躍範囲も拡大。その対応策として、
> サボの使用を中止し、各線区に色別された行先表示板(運転台窓に設置)に
> 変更・統一したそうです。

とありますので、この時期までは両者混在状態だったのかも知れませんね。
 また79932の箱サボ受問題ですが、ほぼ同時期に京阪神緩行線から津田沼区へ転入し
た73387も田中様HPにあったS47/8撮の写真には箱サボが無く、後に取り付けら
れています。もっと遅れて関西からやって来る車輌には箱サボ受が取り付けられない様です
から、この時期までの転入車に見られる特徴なのかも知れません。

【79932のサボ/元クロハのHゴム】 田中景一様投稿: 2000/11/28
> あるいは前サボを使用している線区への転属を前提に付けておいた?。

実際79932は後に前サボ(箱サボ)使用の鶴見線へと転属する訳ですからねぇ・・・。
運命のいたずらかでしょうか?

◆クモハ71
 田中様、早速のレスありがとうございます。「クモハ71」、70番台の空番不足から考
えてもありそうですねぇ。旧形電車の付番は元来「1番号1形式」が鉄則(一部のローカル改
造での例外はありますけれど)でしたが、S34の車両称号規定改正から「モハ」「クハ」
等の記号部分も番号に含めた事で、同一番号での複数形式も制度上は可能になったのだとは
思いますが私は一寸違和感があります。それまでの電車が72⇔73、10⇔11⇔12、
のように運転台の有無や数で形式を分けていた伝統に反するからですが、でもこの場合は
「71」を使うしか方法が無さそうですよね。

> それでサハ75とクハ75みたいに単にサ→クだけってのもありでしたから、

同系列に前例がありますしね!

では。


モハ72057・059 投稿者:南ヒナ 投稿日:11月29日(水)09時20分49秒

おはようございます。
昨日は大分仕事をサボったので、皺寄せが...

●クモハ73618
73大好きさん、有難うございます。確かに台帳に掲載されていました。
これから判断するとサボ箱は設置されなかったと推定出来ます。
当時運転台窓に下げられていた編成札が無く、「団体専用」のコマを出している事から、撮
影時には編成中間に組込まれていたのかもしれません。京浜東北線のATC化でクモハ10
3が編成中程に閉込められましたが、大抵普段見かけないコマを表示しており、
それを見るのも電車に乗る楽しみの一つでした。
田中さんや73大好きさんの話からすると、総武本線での行先表示は昭和47年頃から、
運転室窓掲示に早くも切替されていた事になりますね。
50年の表示板統一は、昨日投稿の理由に加え、
交換の省力化・新規格での大量発注・コンパクト化を図ったものと考えられます。

クモハ73600番台といえば、
青梅区には、44年12月の時点で配置されていたクモハ73全29両中、
8両も在籍していたんですね。
44年10月のナハには68両に対して8両、
45年 1月のヒナには29両に対して0両、
オメでの600番台の比率が如何に高かったかが判ると思います。
ところが同区配置のクハを見ると、
クハ16(22両)
クハ55( 7両)
クハ79( 1両)となってます。
20m車置換過渡期という面もありますが、大変アンバランスな様相を呈していますね。
新旧入乱れた当時の青梅線に乗ってみたい・見てみたい!
南武線に引続き、
青梅・五日市線の方向幕コマを「省線電車の走るところ」から引用しておきます。

青梅・武蔵五日市・武蔵岩井・立川・氷川・拝島・福生・試運転・二俣尾・回送・御岳

73が「武蔵岩井」に入線!したら...
残念ながら「KAISO」のロ−マ字表記はありません。
青梅乗入れの南武線73608の写真が鉄道ファン417号に掲載されていました。
「氷川」のコマしか無かったためか、
幕は「TACHIKAWA」と「青梅」の中間、
改駅名「奥多摩」の札を運転室窓にブラ下げております(46年2月撮影)。

●モハ72057・059
西ナハさん、除籍年月日は以下の通りです。両車共、中原最終所属でした。
057 49年11月17日
059 48年11月30日(→クモニ83022)

昭和30年代後半から始まった、一連の72→事業用車への改造は
単純に車齢の古いモハ63出身車が選ばれたような気がします。
その中でも比較的下廻りのしっかりした車両が使われたのでしょう。
下廻りに多少なりとも問題のある車両は早々廃車されたと考えるのは短絡し過ぎかな。
せっかく近代化工事した車両を早く廃車するのは大赤字国鉄ならではの芸当?
無駄な転配の件も含め、その場凌ぎの感が拭い切れません。
113系の延命工事車を惜しみ無く潰したJR東日本経営陣にも遺伝しているのでは?

今回は、これにて失礼。


モハ72近代化改造車の不運 投稿者:西ナハ 投稿日:11月29日(水)01時57分49秒

皆様今晩は西ナハです。
  千ツヌ73関係での盛況ぶりに圧倒されています。
 私もこの話題に何とか付いて行こうと必死に考えました。
 その結果がモハ72近代化改造車です。モハ72102に端を発し
 以前から疑問に思っていたことです。
  モハ72近代化改造車はS37年から41年にかけて44両が改
 造されましたが、なんとその50%に当たる22両がツヌ区に配置
 されていました。しかし早々と姿を消し近代化改造施工後僅か10
 年強で全て解体されるか、ユニとニに改造されてしまいました。

  私の調査では西ナハに踏み入れたモハ72近代化改造車は、
  車番     転入            転出
 028 S39/10/29 ツヌ ピク167   S46/ 3/ 6 ウラ RF123 
 050 S43/ 2/13 ウラ RF 84   S47/ 9/21 ツヌ RF141
 057 S42/ 9/12 ウラ RF 79    転・廃記録見つからず
 059 S39/10/30 ツヌ ピク167    転・廃記録見つからず
 062 S39/10/30 ツヌ ピク167   S47/10/13 ツヌ RF142
 102 S39/11/ 5 ツヌ ピク168   S47/ 9/ 7 ツヌ RF114
 で、057と059については毎度ながら転出或いは廃車記録が見つ
 からず”?”マ−クです。西ナハでは早い時期に近代化改造車を吐き出し
 モハ72500〜で統一を図ります。
  一方113による新性能化を控えたツヌ区房総ロ−カルには、
 未更新車が多く集められたとの記述を見た記憶があります。
 それら未更新車と一緒にツヌ区に集められたモハ72近代化改造車も
 008,050,062を残し、やはり最後はモハ72500〜、920〜
 によって駆逐されます。
  また、011,028,030,059はS48年〜50年にかけて
 ユニやニに再改造されてしまいます。

  ここで疑問に思うのは、モハ72近代化改造車の評価です。
 上述した事例はモハ72近代化改造車はモハ72500〜のアコモA施工車
 よりも評価が低いことを意味していませんか?
 もし、下廻りがダメなら高速走行を強いられるクモユニ82やクモニ83の
 種車には選ばれないだろうし、室内造作は全金車にひけをとらないし  
 どこがモハ72500に劣るのでしょうか?
  西ナハ新性能化後クモハ73500〜、600〜の奇数車は南テシ区に移動し
 最後の奉公を勤めます。でもモハは920〜、970を除けば全て500〜でした。
 千ツヌのモハ72近代化改造車は他線へ転用されることなく廃車されて
 しまいました。これはDT13+CS5+中間電動車という性が生んだ
 不運でしょうか?
  最後にどなたかモハ72057、059の移動履歴ご存じの方
 ご教示お願い致します。
それではお休みなさい。


最近の話題から(21) 投稿者:73大好き 投稿日:11月29日(水)01時02分07秒

 こんばんは。

◆中間連結器と205・209系密連の空気管
 西ナハ様にメール添付して頂いた写真のお陰で、この中間連結器の形状を見る事が出来ま
した、ありがとうございます。これに記されている「HT」の謎ですが、私はこの中間連結
器が半永久連結器装備車を他車と連結する時に必要となる事から、半永久連結器装備車から
見た連結相手である新形密連「HT」形を表すのでは?と考えます。
 また、最近の密連に残された上下2個の空気管は自動ブレーキ用なのではと思います。西
ナハ様も指摘されている「> 列車分離の際のフェ−ル・セイフ」ではこの自動ブレーキが有
効ですし、新製時や故障時等で機関車に引かれる際にはやはり自動ブレーキ装備が必須とな
るのでは?。私は旧形電車の勉強に手一杯で最新の電車は未知の世界です。間違っているか
も知れませんがご容赦下さい。

◆79951と「日本国有鉄道旗」
 のんちゃん様お久しぶりです。HPの79951拝見しました。単線時代の成瀬付近だそ
うですが、のどかだったのですねぇ。踏み切りに居る日産チェリーもいい味を出しています
 ところで、鎌倉総合車両所で購入されたという「日本国有鉄道旗」とは如何なる物なので
すか?「JNR」マークがデザインされているのでしょうか?それとも動輪マークでしょう
か?

◆元クロハ改クハ55 
 クモハ84大好き!様、早速田中様のアドバイスを頂けて良かったですね!73379辺
りはコトキチ様にお願いすれば出て来たりして・・・?
 それにしても京阪神緩行線や阪和線って、旧国時代は車輌の入替(セミクロス→ロングや
豪華阪和形→60&73)があるとかえってレベルダウンしているように思えませんか?
ちょっと冷遇され過ぎている気がします。

◆クモハ11248
 PS13からPS16にされているそうですが、これも12や40に取られてしまったの
でしょうかねぇ。ところでこの車輌の内装はニス塗りなのでしょうか?浜川崎支線の17m
車はニス塗りだったような記憶があるのですが・・・。

 今回はこれにて失礼します。


79932のサボ/元クロハのHゴム 投稿者:田中景一 投稿日:11月28日(火)21時48分04秒

◆クハ79932のサボ
 実は同車を昭和47年8月に撮っていますが、方向幕はカラ、箱サボ受け無し
 で、運転席窓内に「千葉」という札がぶら下がっていました。ということは
 この時期、千葉管内の一部では既に前サボが使用されておらず、逆に一部に
 使用されていた前サボのために箱サボ受けを取り付けた、あるいは前サボを
 使用している線区への転属を前提に付けておいた?。なお、同時点で運転台
 窓脇の手すりも取り付けられています。この手すり、廃車回送時の945には
 付いていませんでした。

◆元クロハ改クハ55
 クモハ84大好き様ご質問のクハ55153〜171の件ですが昭和50年時点で撮影
 確認できたのは以下です。意外にHゴムは少数派だったのかも知れません。
       運転台  助手席  戸袋   ドア    急行板差し
  55153   ?   Hゴム  木枠  右側は2段   有り
  55159  Hゴム  木枠   木枠  Hゴム     無し
  55161  Hゴム  木枠   Hゴム 2段窓     有り
  55163  Hゴム  Hゴム  木枠  2段窓     有り
  55167  Hゴム  Hゴム  Hゴム Hゴム     有り
  55171  Hゴム  Hゴム  木枠  混在      有り
  全車とも運行番号窓非Hゴム2桁、運転台窓上通風口ありです。
  なお編成中間の写真ばかりで運転台の球形通風器の有無は確認できませ
  んでした。

◆クモハ71ですか?
 >改造までして短編成に対応しようとは考えていなかったと思います。中央東線での引退が

 >と5年早ければ、クハ75・77の様な顔をしたMc車が登場してローカル線で余生を過

 >す事が出来たのかもしれませんが・・・。(このMc車もし登場したとしても形式は7*

 >なったのでしょう?空番は無いしどうしよう)
70・80系ってけっこう形番がタイトですね。それでサハ75とクハ75みたいに単に
サ→クだけってのもありでしたから、モハ71→クモハ71でどうでしょうか。
 


旧国の方向幕 投稿者:73大好き 投稿日:11月28日(火)13時57分26秒

 こんにちは、いつの間にか「トリオ・ナナサン」メンバーになっていた73大好きです。

【移動履歴と方向幕】 全金車クハ79951様投稿: 2000/11/27
> デフォルトで方向幕に鶴見線の行き先があまり無く、新規に作成する出費と手間を
> 避けたのかも。
 
 73、79形の方向幕ですが、手動式でもありますから行先は担当線区と(あるとすれば
乗り入れ線区)位しか入っていなかったと思っていました。南ヒナ様の投稿で南武線の方向
幕一覧が紹介されましたが、やはり担当エリアだけしか用意されていなかったようですね。
鶴見線も方向幕を使うならば新規作成が必要となったのでしょう。後の電動式方向幕は意外
な行先が入っていたりして興味を引く反面規格統一が進み、旧国の方向幕のようなバリエー
ション(手書習字体風やローマ字の有無など)が少なくなってしまいました。南ヒナ様「K
AISO」笑っちゃいますね!
 また方向幕ガラスの大きさですが、79920台と101系は私も南ヒナ様と同感で、同
じ寸法に思えます。103系からは少し左右に伸ばされて横長になった様に見えますね。不
思議なのは、73形近代化改造車、5・600台の方向幕・運行灯ガラスです。同時期製造
の101,103系とは全く別物の四隅のRがきついものを使っています(運行灯に関して
は吹田工場施行近代化改造車では79300〜や新形電車と同じに見えるガラスを使ってい
ますが)。わざわざ別部品を作成する必要性があったんでしょうかねぇ?
 津田沼区関連では73618の写真が「旧国台帳」に載っていました。S51,5,15
撮影で方向幕入、サボ受無しです。ただし、方向幕表示が「団体専用」を半分見せただけに
なっており、この時点で実際使われていたのかは?です。先日紹介した「とれいん」の「雑
記帳メモリアル」では1973−5−11撮影とキャプションのある写真で、箱サボ使用の
「木更津」行きと運転室内助士側に小型のサボを掲げた「成田」行きが紹介されています。

 それでは。


以上は、2000年11月28日〜2000年12月1日までの記事です。

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管理者:mc12052geo@yahoo.co.jp

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