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定着液の匂いが・・・ 投稿者:クモハ73622
投稿日:12月11日(月)02時46分48秒
こんばんは。
仕事が一段落したので、今日はネガが入った缶を開けてみました。
数年ぶりです。
開けた瞬間、定着液の匂いがしました。
これは、ダメになってると思っていたら
意外にも平気のようです。
一部、ネガシートからほんの数ミリ出ている部分に、カビがついていました。
ネガを見ると懐かしい旧国達がいっぱいいるではありませんか!
その中から確認できたことを書き込みします。
(古い書き込みになりますが・・・)
・79322の助手席上段下降窓
「木枠」でした。西ナハで写したもので確認しました。
・以前どなたかの書き込みにあった73383?(可部線DT15)の
電気側を写したものがありました。必要なら一報ください。
ネガの中には、157のお召しや恵比寿ですれ違うEF15などがあり
懐かしさいっぱいです。
保存方法をしっかりしなければ!と思いました。
では。
最近の話題から(23) 投稿者:73大好き
投稿日:12月10日(日)22時29分39秒
こんばんは、
◆仙石線
田中様HP関連は前回の投稿でも触れましたが、時間不足ですべて書き切れませんでした
ので今回も続けます。
1、通風器関連
仙石線で使用された押込通風器は急行形電車の冷房化改造で余剰となった物の再利用だっ
たと、以前読んだか聞いたかした記憶があります。また、
【仙石線の73系】 田中景一様投稿: 2000/12/03
> 63改造車グループは全車?押込通風器に改造されていますが、昭和27年製〜新製車グ
> ループと試作全金車の一部はグローブ形でした。
私はグロベンの形状がカギなのでは?と考えました。つまり原形車は大部分グロベンのフチ
が切り立った旧形。72500〜・79300〜はフチが内側へ折れ曲がった新形になって
います。つまり旧形の方が開口部が開いているのでは?そこで私は、旧形はこの形状からし
て雪が入り込みやすかったのではないかと推測します。その為に原形車を優先して改造した
のではないでしょうか。他の降雪地域を走る旧形電車は初期の富山港線を除き新形グロベン
使用で、しかも押込通風器へは未改造ですし、ここからも新形グロベン車は変えなくても何
とかなる位だったが、「予算が付いたor通風器が余った」辺りの理由で交換されたのでは?
と考えます。
2、警戒色
記憶があやふやなのですが、かなり前の雑誌(ファンだったような・・・)に仙石線の警
戒色に関する読者投稿があって、採用された黄色以外にも数色が試験的に塗られたという記
述を読んだ覚えがあります。
3、謎の茶色い79
南ヒナ様番号特定調査ありがとうございます。サハ78016と同一日転属の79形はク
サイですねぇ。番号からすると両車共にS31一次車ですから木製雨ドイである筈ですし、
可能性は高いと思います(前回の私の推理が間違っていなければの話しですが)。後は写真
がみつかれば良いですね。
◆映画
TV・映画関連の話題も尽きませんね!。今回は映画「点と線」を紹介します。観てから
かなり経つので記憶がおぼろげですがお許しください。原作(松本清張)は皆様もご存知か
と思いますのでストーリー紹介は省略します。有名な東京駅でのトリック(横須賀線の13
番ホームから長距離列車のの15番ホームが見通せる数分間)のシーンでスカ線の旧国が、
また犯人役の山形勲が部下を恫喝する場面では京浜東北線のクハ55?が、それから西鉄と
いう設定で西武鉄道の元旧国が登場します。最後の場面で追い詰められた山形勲が逃亡を企
てて時刻表で飯田線の時刻を調べる筈ですが、ここで妻(病弱で旅行に行けず時刻表を見る
のが好きと言う設定)の高峰三枝子が飯田線の駅名を宙で言っていくのです。因みに彼はこ
こで妻に毒を盛られて死ぬんじゃなかったかな。最近ではテレビでも放映しませんが機会が
あれば是非ご覧下さい。
それではお休みなさい。
番号不詳のクハ79 投稿者:田中景一
投稿日:12月10日(日)21時59分33秒
南ヒナ様、追跡推理ありがとうございます。千ツヌという前提ではどうも
「397」「407」が最も怪しいようですね。ちなみに「399」「401」は昭
49〜50年頃Hゴムは白灰色でしたので。昭49年後半あたりのRF誌あたり
に仙石線の記事でもでていなかったかな?。
低屋根800番様、クモヤ740−52とても見たくなりました。R付き
の現物が残っていたとは、ぞくぞくします。
クモヤ740−52の窓 投稿者:低屋根800番
投稿日:12月10日(日)17時33分16秒
おひさしぶりです。
最近はみなさまのレベルの高さに圧倒されるばかりの低屋根800番です。
さて、10月の下旬に青森のクモヤ740−52を見に行ってきました。
この車両はずいぶん長い間使われていないうえ、
保留車のサロ481に挟まれお顔が見えなかったのですが、
最近は、片側のサロが居なくなって顔を出しておりますので、
重い腰を上げて写真を撮ってきました。
さて、昨日撮ってきた写真をようやく現像し、改めて見ていて気づいたのですが、
この車両の窓は以前田中景一様が話題にされていた、
窓隅にRが付いた窓をつけているようです。
田中さんが言われていたものと同じモノかは分かりませんが、戸袋窓は隅にRがないのに対
し、可動窓には3段とも(中段は可動じゃないですね)、隅にRが付いています。
私はホームページを持っていないので写真をお見せできないのが残念ですが、ご参考までに
昭和49年4月2日 投稿者:南ヒナ
投稿日:12月 9日(土)18時50分40秒
こんばんは。
下記記事(クハ79)関連の補足情報を。
鳳から津田沼へ転属(実際は陸前原ノ町貸出後、そのまま廃車)した
サハ78016と同日付で高槻から津田沼転属扱いとなったクハ79がいました。
31年度・奇数車では「397」および「407」です。
件のクハは、この2両の内、どちらかではないでしょうか?
また下記記事中『明石・高槻→(リハ借)→津田沼と移動し』は
全車がリハへ動いたという印象になりますので、
正しくは『明石・高槻→津田沼と移動し』に変えさせて頂きます。
デハ。
本物は誰だ? 投稿者:南ヒナ
投稿日:12月 9日(土)12時21分25秒
こんにちは。
田中さん、73大好きさん、仙石線謎のクハ79に関する補足・指摘有難うございます。
縦長のサボ箱が同車番号推測の決手となりそうですね。
旧国後期に同線やって来た17m車にも同じ箱が付けられていました。
73大好きさん御指摘の通り、関西戻りの車両と考えるべきでしょう。
再度の訂正...申し訳ない。
枠が細めで箱の厚みが薄いサボ箱は確かに中央線で使われていました。
「国鉄電車回想2」P27に同タイプの箱を装備した車番不明・木製雨樋・三段窓の
昭和31年度車が掲載されています。
また「1953/1962最近10年の国鉄車両」P104にも同様サボ箱に
「三鷹」のサボを差した405の東京駅での姿があります。
箱枠上辺は田中さんの写真と同じく把手より上のほぼ同じ位置。
しかし、底辺がリハの物より若干高いですね。
枠上部中央欠切りは
前者はサボ板穴と同様状?または無し、後者は小さい円形状があるように見えます。
では、該当車両は一体どれなのか??
明石・高槻→(リハ借)→津田沼と移動し、ツヌ区で没した車両は以下の通りです。
393・397・399・401・407
田中さん、津田沼時代の姿を再調査お願いします。
ただし、この不便な箱は取替えられた可能性大ですね。
因に「サボ箱」と私が使うのは、方向板を「箱サボ」と呼んでいた点からで、
正式な名称は不明です。
さて、ここからは映画の話題を少々。
以前、映画関連は色々投稿しましたので、なるべく重複しない範囲で書きます。
まず小津映画。
記憶が曖昧ですが、昭和26年「麦秋」に笠智衆と原節子がモハ32?に
乗車するシーンがあります。
小津安二郎は当時鎌倉に住んでおり、大船撮影所でのロケーションの関係から、
横須賀線が登場するのでしょう。
小津映画は戦前の現存しないフィルム以外、
ほぼ全てVDかLDで鑑賞可能だと思います。今でも松竹のドル箱ですからね。
といっても、私は東宝の娯楽・特撮関連を重点的に見た、大変偏りのある人間ですので、
名作・大作、文芸作品の類は未見のモノ多数あります。
よって私の映画評はアテになりませんね。
当時の娯楽作品・お子様向に成下がる前の特撮には必ずと言っていい程、
キャバレー・シーンが挿入されており、ジャズと妖しいダンサー達が奏でる
淫靡なムードに子供ながらも引込まれておりました。今見てもワクワクします。
「キャバレ−」と言っても、ピンクになる以前の、バンドが入ったやつですよ。
昭和末期まで、日立市に同タイプのキャバレーはあったそうです。
行ってみたかった...
脱線気味なので、方向修正!
西ナハさん、73形は昭和30年代までの映画には結構登場します。
吉永小百合出演で旧国というと「キューポラのある街」だと思います。
しかし、73形の通過シーンはあるものの乗車シーンは?
今年NHKアーカイブスで放映された
「TOKYO」という番組は御覧になられましたか。
京浜東北73形一編成の御徒町駅進入→出発を真横から捉えた映像が挿入されており、
ちゃんと同録の音が入っているのが感動的でした。
映画はアフレコが常識な時代でしたから。
アーカイブスで再放送される番組は著作権・肖像権等の難題があり、
アーカイブス自体の再放映も今後あるかどうか。
ここで、またもや訂正(過去ログ未アップ分)。
以前フランキー堺(新聞記者役)が品川駅で73形に轢かれてしまう映画を
「地方記者」と投稿しましたが、これは誤りです。
正しい情報は「ぶっつけ本番」昭和33年東宝でした。陳謝。
小田急は撮影所が沿線にある関係で豪徳寺〜多摩川鉄橋が映画に多く出て来ます。
ロマンスカー(NSE)というと、テレビでは「ウルトラQ」最終回、
あまりに大人向け過ぎるという理由で本放送ではお蔵入りとなった
「あけてくれ」が印象的ですが、実車の走行シーンはありません。
西ナハさん、「この電車とその電車」は両方とも「切妻」の電車でしょう。
とすると、まさしく「往年の新宿〜中野間」を堪能出来ますね!
デハ。
画面の中の車たち 投稿者:西ナハ
投稿日:12月 9日(土)05時45分55秒
皆様今晩は西ナハです。
§1.小津安二郎
運転士様ありがとうございます。帰国したら早速見てみます。
その時聞いた話では、大船撮影所からみか、監督自身が鎌倉に
思い入れがあるかなにかでスカ線が度々登場するのだそうです。
また、車内シ−ンでは吉永小百合が出ているとかいないとか?
§2.燃える兄弟
Mc43810様はじめまして西ナハです。以後宜しくお願いします。
まさか燃える兄弟を知っている方がおられたとは!。
やはり記憶に残るのは同じシ−ンなのですね。同輩哀れむですか。
クモハ43810と言えばあいのこで低屋根化された車ですよね。
身延を離れた後、大糸で生涯を終えた車で前面貫通ホロ付の車。
以前この掲示板で静鉄ホロが話題になったことがあるのですが、
その他にも静鉄独特の仕様ということで前面中央窓下の通風口と
いうのもありました。しかしさらにもう一つ静鉄独特の特徴と
思われるのが、前照灯の取り付け方です。一般にはステ−で前照灯
を支持しますが、静鉄では櫓の上に前照灯を載せている車が多く
いました。クモハ43810も前照灯は櫓の上に載せられています。
この前照灯支持方法のメリットて何かあるのでしょうかね?
§3.モハ70124
以前RF誌かなにかで長モトの信越ロ−カルにウグイス色で
押し込みベンチを取り付け、PS23を載せたモハ70が
連結されている投稿を見た記憶があるので、単純に長モトと
考えました。車番迄は記憶にないので私もハッキリとは言えません。
クモハ54004の写真拝見させて頂きました。確かにドアノブが
確認できます。半流車の横札挿しもクハ55300台とはまた違った
趣きがあり、いい味を出しています。
ところでこのクモハ54004は方転車なのですね。
§4.岸辺のアルバム
運転士様、73大好き様より感想を頂いたドラマですが、
73形が登場するシ−ンは、国広富之が父親がコ−ルガ−ルを
斡旋する仕事をしていること、母親が不倫をしていること、
そして姉がアウスをしたことを家族全員にぶちまけ家を出て
登戸の中華料理屋に住み込みで働き始めた以降で出てきます。
73大好き様が配役一覧を掲げていますが、忘れてはいけない
のが国広富之のガ−ルフレンド役で、歌手デビュ−の風吹ジュン
ちゃんでした。
§5.思い出さがし
同じく山田太一原作ですが、小田急ロマンスカ−の
スチュワ−デスをヒロインにしたドラマで古手川裕子が
主演でした。最初の頃は結構ロマンスカ−が登場した
のですが、後半はほとんどロマンスカ−が登場しなくなり
出来もイマイチでした。
§6.大いなる旅路
はとんど記憶がないのですが、確か国鉄一家を題材にした
ドラマで、国鉄がかなり撮影協力したと思います。
やはり何かの雑誌の投稿欄で南武線のクモハ12が
撮影の為に重連で使用されたと載っていたように思います。
それではお休みなさい。
「岸辺のアルバム」・仙石線謎の79 投稿者:73大好き
投稿日:12月 9日(土)01時03分44秒
こんばんは。
◆「岸辺のアルバム」
TV・映画ネタで盛り上がっていますね。「岸辺のアルバム」懐かしいですね!内容はう
ろ覚えですが、確か崩壊寸前の家族を扱ったドラマだったと思います。不倫している主婦に
八千草薫、その亭主が杉浦直樹、2人の子供に中田喜子と国広富之、こんな配役だったん
じゃないかな。多摩川に家を飲み込まれるシーンや主題歌の「ウィル・ユー・ダンス」
(ジャニス・イアン)を思い出します。でも73形登場シーンは記憶にありませんでした。
これはS52頃の作品ですから、南武線で73形が最後の活躍をしていた時代ですよね。
◆仙石線謎の79
何時もながら田中様HPは資料性が高い貴重な写真が満載でとても勉強になります。色々
と触れたいのですが、今回は1点だけ「謎のぶどう色S31年度製79」について考察しま
す。まず、サボ受が仙石線17m車に良く見られた独特の極薄タイプのようです。これは、
南ヒナ様が指摘した山ゲタ79形に残っていたタイプよりも縦長で、枠が細く、奥行き(箱
の厚み)も狭くて枠上部中央の欠ききりもありません。ですから私は京阪神緩行線から直で
来たか、或いは一旦津田沼を経てやって来た車輌であると思います。そして当地でサボ受を
付けたのでは?と推測します。この極薄サボ受はリハ転属後の12040にも付いています
ので機会があればご覧下さい。
それでは。
了解です。 投稿者:運転士
投稿日:12月 9日(土)00時50分14秒
毎度ご乗車有難うございます。運転士の伊藤です。
全金車クハ79951さん了解いたしました。
誰でも勘違いありますから気になさらないで下さい。
自分もそんなのしょっちゅうですから。
クモハ42で本当良いCM作ってくれませんかねぇ。広告業界の
皆様、是非よろしくお願いいたしますね。
(ってここで書いてもしょうがないか。)
さて、明日(実質今日)久しぶりに客車の特急踊り子が
伊東まで片道走りますね。疲れているので、地元で済ませようか、
伊豆急のイベントもあるので、伊東方面に行こうか迷っています。
今の体調考えると、地元になりそうだけど、変化無さそう。
クモハ40でも走らないかなぁ(ぼそっ)
仙石線関連 投稿者:田中景一
投稿日:12月 9日(土)00時41分52秒
南ヒナ様、弊ページの茶色のクハ79の番号推理ありがとうございます。
ご推理の79413ですが、昭50/3時点で前サボ箱は大形が付いています。
少し前に話題になっていました津田沼区の前サボ使用時期の関係から
昭49/8から昭50/3にかけて前サボ箱が交換されたのか?という疑問が
あります。ただ前面窓のHゴムは不明の79も79413も黒です。
ところで、薄形のサボ箱(箱とは言えませんね。サボ入れですか)
については、ご指摘を受けるまで気にもしませんでした。改めて見
ますとあまり見かけないタイプですね。あの厚さでは複数枚を挿し
ておくのは難しそうです。基本的に1枚しか使わないという前提で
考えられたのでしょうね。
西ナハ様からの、「いくつか気になったところを・・・」についてですが
>(1)クモハ73003
> 運行灯窓2桁の大鉄形と思いますが、以前話題となった
> 台座付栓納めを装着していますね。また、クモハ73303も
> 台座付の様に見えますが?影かな?
すみません。影です。
>(2)クモハ54004
> 行き先板挿しが助手席窓下に装着されています。
> 貫通扉は使用可能だったのでしょうか?
> わざわざ押し込みベンチに付け替える仙石線ですので、
> すきま風防止にガムテ−プ等で非貫通状態だったのでは。
004は弊ページの本編クモハ54で正面が写ったものを載せているのですが、
一応、貫通扉のドアノブは取り付けられたままですね。また、相方になる
クハ68にはホロがついていることなどから、中間に入った時は通行できる
状態になっていたのではないでしょうか。
>(3)モハ70124
> 仙石から転属したモハ70は廃車或いは長モトだと
> 思っていましたが、大糸へ行っていたとはビックリしました。
> 大糸時代はスカイブル−だったのでしょうか?
そう言われますとあやふやです。自分の当時のメモには北松本との記載があり
ますが、松本だったのかもしれません。調べてみますと70124と一緒に転属し
たモハ70047は、解体直前スカ色でした。
>(4)クハ79154
> 73の顔は色々ありますが、こんな醜い顔を
> 初めてみました。運転席、助手席の細長の窓は
> いったい何から転用したのでしょうか?
> おまけにワイパ−は横に付いていますね。
津田沼のクハ79304も似た顔つきになっていました。ピク誌No684
のp46にあるクモハ73377も両端Hゴム、中間木枠ですが、Hゴム
の寸法が少し異なるように見えます。
以上は、2000年12月9日〜2000年12月11日までの記事です。
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管理者:mc12052geo@yahoo.co.jp