小野田線本山支線掲示板(旧型国電掲示板)

鉄道全般ならOK! ホームページの感想もどうぞ   運転士 伊藤純一


過去ログ集です。


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行ってきました総武流山電鉄「あかぎ」 投稿者:運転士 投稿日: 4月29日(日)20時29分51秒

毎度ご乗車有り難うございます。運転士の伊藤です。

今日は珍しく余裕ある日だったんで、こんな時間に書き込みしています。

朝、上野発の「思い出のはつかり」という583系の臨時列車を一応押さえて、
頼まれていた写真を撮って、さっさと馬橋に行ってきました。

常磐緩行線(あの辺りでは、千代田線っていうらしい、知らなかった)で着いて、
のんびり流山線ホームに行くと、ちょうど「あかぎ」が入ってきました。
鋳鉄シューの懐かしい音を立てて、止まりました。
記念切符を買おうと窓口に行こうと思ったら、ファンの方の列が出来てしまい、
並んで買っている時間が勿体無かったので、後回しにし、「あかぎ」も発車
してしまったので、幸谷まで歩く事にしました。このあたりは、桜がきれいな
ところなんですが、すでに終わっている(当たり前)ので列車中心に押さえます。
幸谷に近づくと武蔵野線の連絡線と交差するあたりで待っていると違う方から
ツリカケ音が・・・、EF65が・・・、あいつもツリカケなんですよね。勿論下から
押さえておきました。何カットか押さえて、幸谷に向かい、記念券を購入します。
販売されているのは、「あかぎ」引退記念ポストカード付き入場券セット:240円
旧形車引退記念台紙付き入場券セット:300円の2種が出ていました。
記念券を購入して流山に行こうとしていたら、ちょうど「あかぎ」が入線、乗って
しまいました。
FS−40という空気バネですが、ツリカケの音もよく、ギヤの「カラン・カラン」という
音をさせ走っていきました。あっという間に流山に到着、短すぎです・・・。
おり返しでは面白くないので、散策・・・と思ったら雨が降ってきて、中止。
「あかぎ」は出てしまったので結局駅で時間をつぶし、「青空」を見送って、
「あかぎ」の入線を押さえ、乗車、帰路に付きます。車内からマスコンをチェック
すると、クハ71は、日立製、クモハ1301は、豊○電気?だったかな?という
両方ともMC1Aのようでした。このクモハ1301、モーターは、MT15、制御器
は、CS5、クハですが、コンプはAK−3でした。
昨日から、さよならマークが付きはじめました。5/20まで検査を除き、毎日運用に
入るとの事です。流山での確認ですが、「あかぎ」の入る列車に印の付けた時刻表
がありますので、チェックすると宜しいでしょう。
さて、帰りの「あかぎ」ですが、雨が降っている関係もあるのでしょうが、空転音が
結構きけましたが、これはいつもか?それとも雨のお陰?良いもの聞けました。

西ナハさんフォロー有り難うございます。身延の接地事故がなかったら、低屋根の
登場って遅かったのかな?そうなっていたら、屋根全体を下げる事は少なく、一部
がさがる800番代がおおくなったかもしれませんね、クハ47011の件ちょっと探して
みます。新形密連装備の福塩線、どこかで見たような・・・。やっぱり「回想録」内だった
かなぁ・・・。

クモハ42の5月中頃までの予定ですが、以前書いたのは消えてしまったので再掲。
クモハ42001は、GW過ぎまでは、本山支線にて運用予定です。GW終了後、要検
に入るそうです。それまでは、基本的に本山支線を走らせる予定ですが、故障等
あった場合には変更になるとの事です。
なお、下関への検査回送は、月・金で、
雀田9:28発−−居能−−宇部−−厚狭(停車)−−下関11:00頃
下関14:10頃−−居能−−雀田15:40頃
のような感じです。詳細は、どっかになくしてしまいました。過去ログにも
あったはずです。


走っているでしょうか? 投稿者:Fe 投稿日: 4月29日(日)12時50分44秒

Fe@神奈川です。
明日小野田のクモハ42に乗りに行こうと考えているのですが。
連休中も走っているのでしょうか?
どなたかご存知の方教えてください。
また、クモハ42の山陽本線回送は何曜日にあるのでしょうか?

よろしくおねがいします。


大糸の新型密連 投稿者:西ナハ 投稿日: 4月29日(日)06時52分20秒

皆様今晩は西ナハです。

§1.身延線
 確かに昔は非低屋根車が走っていたとRP誌に書かれていましたね。
 内容は良く覚えていないのですが、小手先改造で走っていたら接地事故が起きて
 クハ47011が誕生したのではなかったかしら?。

§2.新型密連
 以前話題になった時も広鉄管内の車ですよね。でもそれよりももっと古く(年代は忘れた

 国鉄電車回想のどこかに)福塩線の電車に新型密連が装着された写真が載っていました。
 私が見た中では,この写真が今のところ最古です。広鉄では昔は旧国=自連がメインだっ

 ので,その後都落ちした73等密連使用車の補充部品が品薄だったのではないでしょうか
?。
 だから新性能車と共通の新型用密連を使用していたと考えられます。特定の話ですが、ク
モハ
 42006の東京より新型密連には”HT”の浮き出し文字があり,モハ90登場時に採

 された材質で作られたものであることが判ります。この材質は昭和40年中頃迄採用され

 もので,形は同じでも”HT”マ−クの無い新型密連よりも古い時代のものです。
 大糸線の件は初耳でした。末期には訪問してないので,貴重な情報をありがとうございま
した。
 大糸の件もN.N.担当の70、80が無くなり,在庫が減少したことと関係ありそうです。
 余談ですが、自連や密着自連を良く見てみると,本体と肘or腕or顎?(呼び方が判りませ
ん)
 が別個に管理されているようで,管理No.が違うパ−ツで一つの連結器が組み立てられてい

 す。

それではお休みなさい。


身延線の狭小トンネル他 投稿者:運転士 投稿日: 4月29日(日)00時26分48秒

毎度ご乗車ありがとうございます。運転士の伊藤です。
いよいよGWですね、旧国のイベントありませんが、この連休には、総武流山電鉄の
「あかぎ」に乗りに行ってきます。明日は、「思い出のはつかり」なんかもありますね。
両方絡めていこうかなぁ。頼まれた写真も撮らなきゃいけないし・・・。

さて、西ナハさんが書かれていますが、身延線の狭小トンネルですが、中央線に比べ、
半端じゃないようです。800番台等の低屋根化ではクリアできた、狭小トンネルですが、
PS23開発以降、普通屋根でも中央線の狭小トンネルはクリアできました。
しかし、身延線では、PS23でもクリアできず、115系投入時に通常の暖地向け仕様
にプラスして、モハ114では、2600番代という区分を設け、PS23+取り付け部を
さらに20ミリ低くして、やっとクリアしております。他にもクモユニ143や、クモヤ1
45の600番代(形式消滅?)、そのクモヤを旅客化した、クモヤ123等が挙げられま
す。ですので、通常のPS23装備車では、身延線の通過は無理なのかもしれません。

でもこういう状態の身延線を、その昔、一部を改造した、普通屋根の旧国が走ってい
たなんて、驚きですね、確か、パンタの改造とと、車輪直径の変更程度だったと記憶
しております。
道床の掘り下げなんかでは、対処できないのか、手間が掛りすぎたんでしょうね。

現在JR化後、東海が設計した電車は、身延線を走行出来るように、なっているそうです。

なんか話の殆どが、新性能車になってしまいました、すいません。

田中様、私ははじめて、クハ76のシールドビーム車を見たような気がします。
貴重なお写真公開有り難うございました。

昨今話題の新形蜜連装備の旧形車ですが、昭和50年頃の広島工場あたりが
発生だとなにかで読んだおぼえがあります。理由は、部品の確保と安全性の
向上だったような気がします。でも連結器で劣化しそうなのは、エアー関係の
ような気がしますが、どうなんでしょうね。


訂正 投稿者:低屋根800番 投稿日: 4月28日(土)15時06分52秒

先ほど投稿した内容のうち、クハ55(p.178)については連結器はよく見えませんでした。
P.177の車両は、クモハ51804でしょうか?
これも新型連結器をつけているようです。


新型密連 投稿者:低屋根800番 投稿日: 4月28日(土)13時50分13秒

みなさまこんにちは

新型密連ですが、大糸線用の旧形も廃車間際の昭和56年にはかなりの車両がつけていまし
た。郷土出版社の大糸線の80年のP.152,153,177,178のクモユニ81やクハ55,68など
は交換済みです。不思議なのは昭和54年から55年頃の写真を見るとほとんどがオリジナルの
ものをつけています。廃車1〜2年前に交換されたようなのですが、何か意味があったので
しょうか?不思議に思っていたことの一つなのですが、どなたかか理由をご存じの方がおり


付番 投稿者:広瀬 通 投稿日: 4月20日(金)04時46分06秒

清68さん>
>6000系(クハ+モハ+モハ+サハ+モハ+モハ+サハ+モハ+モハ+クハ)
>6001+6101+6201+6301+6401+6501+6601+6701+6801+6901+6101
・・・11両編成になってますよ(^^;)。

この方式(?)を広めたのが確か営団6000系(10両固定)です。
(綾瀬方から 6000-6900-6800-6700-6600-6500-6400-6300-6200-6100)

百位が編成位置(10号車は"0"),下2桁が編成番号になります。8000系まで10両固定でしたので
7000,8000がありますが9000系は8両前提になったので9100〜9800までしかありません。ゼロ
シリーズも百位が編成位置,下2桁が編成番号です。これの変形が東京都(5000,5200を除く)や
東葉高速で、下1桁を編成位置に,百位と十位で編成番号という付番をしています。ただし後
の5300と6300は編成番号が下2桁となり、編成位置がハイフン付き数字で付けられる変則的な
付番をしています。(例/6301-1)

変わったところでは東武。5桁ナンバーの新系列車は千位が編成位置で百位を編成両数に,下
2桁を編成番号にしています。10000系の6両固定車は1x6xx、2両固定車は1x2xxという具合で
すが、20000系は8両固定のみしかないので21000〜28000の800番台車しかありません(笑)。

営団も6000系以前は結構アバウトで、銀座線,丸の内線旧在来車は形式が異なっても下2桁を
全体の通しで番号をふっていました。ところが銀座線では1600形で89両目に達し、18両増備
した1700形でそれをそのままにすると通しで100両目に達するとかで、一度リセットして170
1から振っています。2000形までこれが続き、後の中間車1500(N1,N2)形で旧1500とダブらな
いよう、またリセットです。

丸の内線も301から振って500形が802で達したところで打ち止め。中間電動車900形でリセッ
トしています。日比谷線3000系も当初は全体通し番号型でしたが途中から各形式毎の追番に
変更して、さらにその後の増備車で欠番を埋めるという大変ややこしいことをしていました。
東西線5000系は幾分かすっきりしていますがアルミ試作車は+150番台で出ており、後の別形
式の中間増備車と百位がだぶった形になっています。また中間車5200のみ百両超で5300番台
に食い込んでいます。

個人的に未だ「よくわかんない」のは小田急の付番だったりします。車番で編成位置がわか


西武の付番その4 投稿者:清68 投稿日: 4月20日(金)02時19分18秒

再々々度失礼します。

付番自体の法則性についての記述がおろそかになりました。

1.電動車が3桁の系列
 101系から順次201系、301系、401系・・・と付番しています。
 これに付随車は1000を足します。
 戦後間もなくは実に種々雑多な車両が存在し、1系列で数両、というのもあり、
 上記のような付番形態では、あっというまに1001系に突入し、行き詰まります。
 そのため、151系、201系、231系、241系、などと、切りのいいところでどんどん
 区切って出来るだけ圧縮して分類されています。
 このため、旧武蔵野・旧西武のすべてが101系から301系に収まったのです。
 そのあとに続く系列については、推測ですが、メインの系列に501や601、という
 10位が0の形式を与え、増備車や改造による追加形式は10位に5とか7とかを追加して
 同系列の異番台を名乗っていると思います。
 300、400番台は付属編成を主に対象としているようです。そのため、S29に4連の新車が50
1系
 で登場していますが、それより新しいS34の2連の新製車は451系となり、番号が若返ってい

 す。

 この法則で601、701、801と続きましたが、そのあとは901系とせず、101系(昭和44年)
 となり、若返りました。
 これは、901〜とすると、100両以上の増備は番号が1000に達し、モハ3桁+1000=クハ・サハ
 の法則が崩壊するため、901系にはできない、ということと、ちょうど旧武蔵野・旧西武引

 ぎの車両が占めていた100、200番台が、それらの車両の引退により完全に空いていたため、
 西武秩父線開業を始めとした新スタートを切るべく、新時代を担う車両の形式も原点の10
1に
 立ち戻って命名した、というところでしょう。

 基本的には下記のように付番されています。

←飯能・西武新宿   池袋・西武秩父・本川越→
   クハ1101+モハ101+モハ102+クハ1102
   クハ1103+モハ103+モハ104+クハ1104
     :   :    :   :

 上記の左向きが奇数向き、右向きが偶数向きです。
 (以下同)

2.4桁形式
 S44の5000系が最初です。なんで5000なのかの真相は聞いたことがないですが、1000番台
 を使う通勤車とは隔絶されたグレードの車両であることを、番号もかけ離れさせて強調し

 のでしょうか。
 これは
 クハ5500型
 モハ5000型(5000番代メイン。後日増備の車両は5050番台)
 となっています。
 100位が0が電動車、5が制御車、となっています。
 クハ5501+モハ5001+モハ5002+モハ5051+モハ5052+クハ5502
 となります。

ところが、S52登場の2000系は様子が変わりました。
 クハ2001型
 モハ2101型
 で登場しました。
 100位が1が電動車で、0が制御車になってしまいました。
 この法則は3000、4000系も同様です。
 この法則の複雑なところは、同じモハ2101型でも2100、2200、2300の各番台がある 
 ところです。編成位置を示しているのですが、1位が奇数・偶数でユニットを組んでいるた
め、
 各番台が編成中に2両ずつ存在しているのです。  
 たとえば、トップナンバーの編成は
 クハ2001+モハ2101+モハ2102+モハ2201+モハ2202+クハ2002
 となります。
 この編成は後に中間に2両を増結しましたが、編成中央に挿入したため、 
 クハ2001+モハ2101+モハ2102+モハ2301+モハ2302+モハ2201+モハ2202+クハ2002
 となりました。

 後に登場の3000系は当初から8連なため、
 クハ3001+モハ3101+モハ3102+モハ3201+モハ3202+モハ3301+モハ3302+クハ3002
 となりました。
 
 さらに後に登場の新2000系は、やはり当初からの8連は
 クハ2081+モハ2181+モハ2182+モハ2281+モハ2282+モハ2381+モハ2382+クハ2082
 と、順番がそろいました。
 
 6000系や10000系は、ついに、編成のすべての車両の1位が同一になりました。

 6000系(クハ+モハ+モハ+サハ+モハ+モハ+サハ+モハ+モハ+クハ)
 6001+6101+6201+6301+6401+6501+6601+6701+6801+6901+6101
 10000系(クハ+モハ+モハ+サハ+モハ+モハ+クハ)
 10101+10201+10301+10401+10501+10601+10701
 
 これでやっとわかりやすくなったのでしょうか。



 




西武の付番その3 投稿者:清68 投稿日: 4月20日(金)01時15分27秒

再々度失礼します。

西武には、新性能車でも旧型国電の台車を流用したものがありました(クハのみ)。

601系(クハ1601型、モハ601型)昭和37年
   西武新性能車の初代形式。
   電動車はFS342(DT21と同等品)で、新品であったが、クハはTR11を使用。
   最末期にクモハ551と編成を組んだクハのみFS40に交換。

701系(クハ1701型、モハ701型)昭和38年〜41年
   601系の増備車。
   同じくクハがTR11。後にFS072に交換された。

台車以外にもいろいろ流用されていると思います。目立つところでは、AK-3型CPですが、
これについては上記の他、以降の801系(S42)、101系(S44〜52)、5000系(S44〜53)、
新101系(2連 S54〜58)、2000系(2連 S58?)にまで使用されました。

長々と失礼致しました。ご参考になれば幸いです。    


西武の付番その2 投稿者:清68 投稿日: 4月20日(金)01時12分47秒

再び失礼します。

国電機器を使用した車両は下記です。   

351系(クモハ351型、クハ・サハ1411型)昭和29年〜31年
   初代湘南顔の17M車。登場時は初代501系で、MTTM4連を組んだ。
   電動車TR25(128KW)、付随車TR11。
   2代目501系(20M車)に、電動台車を譲り、TR14(100KW)に交換される。
   また、サハも同時に奪われ、クハ1411と組んで411系と改称。
   更に2代目411系の登場時に351系と改称。
   1部のクモハが、多摩湖線専用311系・371系のMTM3連のクモハ置き換えに用いられた。

411系(クモハ411型、クハ1451型)昭和39年〜41年
   701系と同形態の車体(ただし顔は切妻)の増結用MT2連。
   クモハはTR14(100KW)、クハはTR11。
   1973年頃にクモハのみ台車をFS40に交換。
   1978年から新性能化・冷房化。その際捻出されたFS40台車は551系・571系の付随車

   転用。
   また、新性能化によって、401系となったが、改造が進むにつれて、改造後の車番が未
改造
   車と重複してしまう事態が発生するに至ったため、その時点での未改造車の車番に+20
して
   (420番代であったため、10位の「2」に「4」を貼り重ねた)凌いだ。

451系(クモハ451型、クハ・サハ1471型、モハ491型、サハ1491型)昭和34年〜37年
   国鉄101系似の切妻3枚窓で登場の西武初の両開扉車(但し3扉)。
   電動車TR14(100KW)、付随車TR11。
   当初はクハ1411と組むMT2連で登場。
   後に451系のみのMTTM4連が登場。クハ新製で451系でそろったMT2連も出来る。
   さらに、551系の6連化に倣ってMTMTTM6連(後にMTTMTMに変更)も登場。
   中間Mは、サハ1471型を電装したもの。
   末期には601系のクハ転用のクハ1651型との2連も存在。

501系(2代目)(クモハ501型、サハ1501型)昭和32年〜33年
   初代501系の増備車としてMTTM4連で登場。湘南顔の片開扉車。
   後に、初代501系4連のクモハ置き換え用に増備される(足回りと車番を流用)。
   電動車TR25C(エアサスに改造したもの)・TR22(いずれも128KW)、付随車TR11。

551系(クモハ551型、サハ1551型、モハ571型、サハ1571型)   
   湘南顔の両開扉車。451系の増備車。
   電動車TR14(100KW)およびTR22(128KW)。付随車TR11。
   電動車のTR14の1部は1973年頃にFS40に交換。後に付随車の1部も、411系の
   新性能化による発生品を利用してFS40に交換。
   当初編成はMTTM4連。
   後にサハのみ増備され、2代目501系MTTMに組み込み、MTTTTM6連を組成。
   これは間もなく解消され、サハの半数を電動車化して571系(モハ571・サハ1571)を
   名乗り、551系MTTMに挿入してMTMTTM6連を組成した。
   後に411系の新性能化が進捗して旧性能の増結用2連が不足したため、571系は抜き出さ
   れ、451系に類似の切妻運転台を新設して2連となって独立。551系は再び4連に戻った。
   最末期には、クハ1651との2連も存在(クモハ451型と組成していたクハ1651型を、
   クモハ451型の廃車に伴い編成替えしたもの)。

クモニ1型
   荷物電車で、クモニ1〜4の4両ありましたが、
   1:旧武蔵野鉄道車の改造
   2:クモハ14払下げのクモハ352改造
   3と4:クモハ311型を改造
   となっています。

以上が旧性能車ですが、新性能車にも機器流用車がありました。


以上は、2001年4月20日〜2001年4月29日までの記事です。

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管理者:mc12052geo@yahoo.co.jp

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