こんばんは。さて小野田のクモハ42を撮りに行こうと思います。5月20-21日頃を予定してい
ますが、要検とぶつかりそうです。何か情報をお持ちでしたら書き込みお願いします。
今晩は、紙屋のつとむです。
クハ47011の件ですが、分からないことが
ありますので、皆様にご教示いただきたいのですが。
クハ47011は昭和25年8月身延線内の事故のため焼損
したため、モハ30173を昭和27年豊川工場にて台枠を
延長の上、復旧したものと旧性能電車ガイドブックに
記載されています。(登場時は、47023で出場し、2代目47011となった)
そこで、
1.クハ47011は身延線を走ったことがあるのか。
2.昭和34年の更新工事を受け、前灯が高くなった、と
記載されているが(旧型国電車両台帳)更新以前の
前灯はどのような形態であったのか。(まさか、半埋め込みでは
ないと思いますが・・・)47151,153,155は1966年に身延線転入の際、前灯が
埋め込まれているので気になります。
3.身延線焼失事故は、昭和25年ですが、クモハ14800〜の投入は、
昭和30年からとなっています。焼失事故から、5年ほど経っていますが
その間、低屋根車の投入は無かったのでしょうか?
昭和31年の時点で、モハニ41016(荷物車不足の仮モハニ)が、
普通屋根でPS11をつけた姿での記録があります。(旧型国電車両台帳)
この電車は、トンネルをくぐっていたのでしょうか。
ただし、富士での記録なので、全線運行で無い可能性があると思います。
じつは数年前、何も考えないで47011を模型にしたことがあるのですが、
皆さんのご意見を拝見しているうちに、とても気になってしまいました。
おそくなりました 投稿者:Fe
投稿日: 5月 1日(火)00時07分19秒
あ、遅くなりましたと言うか忘れていました…。
伊藤運転手さん、KKさんいろいろ情報をありがとうございました。
狭小トンネル(2) 投稿者:西ナハ
投稿日: 4月30日(月)23時18分59秒
皆様今晩は西ナハです。
着々とG.W.中の成果が報告されていますね。
さて、狭小トンネル通過車の件ですが、
一つは当然のこととして車両限界に抵触しないという大前提があります。狭小ですからよ
けい
な物が車体から飛び出しているとぶつかってしまいますね。おそらく小生が前に例示した
クハ
47151,153、155やクハ180、181の前照灯,それに避雷器を中心線上に
移設
する等の話はこれに属すると考えられます。余談ですが直流車の場合,屋根は屋根布によ
って
絶縁され、さらにベンチレ−タ−等屋根に付けてある全てのものがインシュレ−タ−を介
して
取り付けて在ります。これは架線が万一垂れ下がったりして屋根に触れても平気なように
配慮
したものです。従って電気的な意味合いから,屋根に付いている付属品を移設しなければ
なら
ない理由はありません。
もう一つはパンタと架線との距離に関わる問題です。この問題はさらに二つの理由が含ま
れて
いて,一つは異常時にパンタを下ろした場合に電流ア−クが切れるかどうかということで
す。
パンタを下ろしても架線から一定距離が保てないとア−ク放電によって電流は流れたまま
と
なってしまいます。その為にパンタを折り畳んだ時にシュ−と架線との距離が確か30c
m
位確保する必要があります。もう一つはパンタの適正動作高さというものがあり,あまり
パン
タが延びきったり,縮まり過ぎると架線への追従性に支障をきたすということがあります。
身延線の普通屋根+PS23を搭載した164ですが、折り畳んだパンタのシュ−と架線
との
距離が規定値をクリア−していたと考えられます。一方114−2600の場合はPS2
3を
載せただけでは規定値をクリア−する事が出来ず,やむなく30mmの低屋根としたので
しょ
う。つまり車体個々により対策が異なってきます。たった30mmだったらみなさんなら
どう
されますか?。皆さんが設計者だったら編成を通して30mm下げた車体をデザインしま
すよ
ね。でも当時は国鉄ですから,他の115と共通の車体断面を採用しなければならず,部
分低
屋根で30mmを稼いだのでしょう。
それでは。
42に乗れました!! 投稿者:Fe
投稿日: 4月30日(月)18時21分15秒
Fe@小野田線本山支線長門本山駅in Mc42001 です。
今日の15時ちょっと前、山陽本線 厚狭〜小野田間で張っていた時、
1つ目の大きなライトが遠くから見えた時は飛び上がるほど嬉しかったです!
本当にありがとうございました。
やっと1年ぶりに乗れました。
また出遭えたことがすごく嬉しかったです。
それでは、また。
大糸線PS23載せ換え車 投稿者:七久保
投稿日: 4月30日(月)15時28分02秒
●パンタ載せ換え> 旧国党第二書記様
>ところで,新型密連への交換の件ですが,たしか,長キマのクモハ60には,末期
>PS23に置き換えた車がいたようですけど,これと比較的時期がにているような気が
します。
パンタ載せ換えに関する資料って、今までほとんど見たことがないんですが、いろいろ写真
などを見ていると、どうも'77年前後に載せ換えられているようです。ちょうどキマ区の
クモハ43800、801、クモハ41800が廃車になり、そのためにクモハ60を3両ほど
(確証がないんですが)のパンタをPS23に載せ換えたみたいですね。もっとも、密着連結器
の新旧付け替えの関連はわかりませんけど。
そういえば、PS23に載せ換えたクモハ60は避雷器の移設(前位側)はされていなかった
みたいですね。
>ただ本体を載せかえればいいんですよね。
>(電機がPS17を簡単に22に載せかえるように)
PS13→PS23は多分大丈夫ではないかと思いますが(?)、PS11→PS23はパンタ台の
ピッチが異なると思いますのでそのままでは無理でしょうね。もっともPS11→PS13への
載せ換えも同様ですね。
実はPS17→PS22もパンタ台取り付けピッチが異なり簡単に載せ換えが出来ないみたい
です。ではなぜPS17→PS22に載せ換えた機関車がたくさんいるかというと、それはパンタ
台取り付けピッチを複数に対応させたPS22Bというタイプを使用しているからです。
多分、古いパンタの部品調達が出来なくなり、PS22の取り付け枠のみを変更し、複数に
対応できるものを苦肉の策として製作したのが実体ではないかと思います。
70系と低屋根と新型密連 投稿者:旧国党第二書記
投稿日: 4月30日(月)14時04分47秒
田中様,さっそくありがとうございました。
(というより,レスが遅くて申し訳ありませんというべきかも知れませんが)
写真を拝見しましたけど,70047の方は,避雷器移設車のパンタ側妻面が
バッチリですね。
76021のほうは,なにやらシールドビームの部分の色が違いますけど,
これはシルバー(地色)そのままなんでしょうか。
80系の86332は,車体色(黄かん色)に塗られていたので,
70系もそうだと思い込んでいましたが,どう見てもクリームとは違いますよね。
76075のほうはどうだったんでしょうか。
どなたかご記憶のある方いらっしゃいましたらご教示ください。
さて長モトの70系は,ななまる様のHPによると,トイレ付を偶数向きに揃えるために方向
転換したようですね。奇数向きはクハ68でそろっていたとか。
ところで,新型密連への交換の件ですが,たしか,長キマのクモハ60には,末期PS23に
置き換えた車がいたようですけど,これと比較的時期がにているような気がします。
この掲示板の過去ログのなかに,そんなのがあった気がしましたが,
長野管内の70,80系の置き換えと時期を一にしているような気が…。
これらの車輌から発生した機器を再利用したのではないでしょうか。
ところで,PS11〜16あたりのパンタと,PS23を交換するのって,
ただ本体を載せかえればいいんですよね。
(電機がPS17を簡単に22に載せかえるように)
さて,西ナハ様,運転士様の身延線の車両限界の件ですが,
JR化後の静シスの編成表をみると,比較的コンスタントに富士川用165系に
標準屋根+PS23のモハ164−81〜84が入っています。
もし,車両限界に抵触するならば,これはありえない話ですから,
西ナハ様のおっしゃるとおり,身延の低屋根は絶縁距離確保のためで,
新型車については,屋根も難燃製になったし,一部例外的に(ローカルではないので,走行回
数が少ないから?)許されたのでしょうか。
さて,47011が誕生する原因となったトンネル内の火災事故ですが,
何年か前のピクトリアル誌の「身延線・飯田線」特集の中に詳述されていた記憶があります。
公式には落雷が原因の接地事故ということだが,事故現場の地形を考えると本当に落雷?とい
うような話も載っていたような気がします。
さて,皆様,よいゴールデンウイークをお過ごしください。
クモハ42 投稿者:KK
投稿日: 4月29日(日)21時27分20秒
こんにちは。
本日、本山支線に行ってきましたが、クモハ123−3が運用に入っていました。
雀田駅で聞くと、クモハ42は調子が悪く本日の時点で下関にいるとの事でした。
30日には運用に入るとの事でしたが、確実な事は分らないとの事でした。
以上は、2001年4月29日〜2001年5月1日までの記事です。
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