|
過去ログ集です。
新しい記事から表示します。
1回の表示で10件を越える場合は、下のボタンを押すことで次の画面の記事を表示します。
クモハ12見ました 投稿者:江ノ島極楽団
投稿日: 6月 1日(金)22時28分06秒
伊藤様はじめまして
クモハ12じっくりと見させていただきました。以前、写真展でも拝見しましたが、なかな
かいいムードをモノにされましたね。私も地元川崎とあって、クモハ12へはかなり通った
クチです。もしよろしければ、私の撮ったクモハ12もご覧になってくださいませ(ちなみ
に今は江ノ電に夢中です)。宣伝モードみたいになってしまいましたがこれからもクモハ1
http://homepage2.nifty.com/gokurakudan/
補足:モハ51 投稿者:Kone
投稿日: 6月 1日(金)12時46分17秒
田中さまのHP、貴重な写真満載で大変興味深く拝見しました。
周知のことかもしれませんが、
田中さまのHPのキャプションで触れられていないことがありましたので、
僭越ながら少々補足を・・・
いわゆる東鉄形モハ51ですが、昭和10年製の001〜010と昭和11年製の011〜026の2グルー
プに分かれます。昭和10年製は半室運転台で、昭和11年製以降の全室運転台の車とは乗務員
扉直後の窓の位置が異なります。また、昭和10年製は、最後部客扉が車体中央寄りに引かれ
る点が、妻側に引かれる昭和11年製以降と異なっています。
これは整備改造・更新修繕によって失われましたが、
後部妻の貫通扉が東鉄形は40系と同様の開き戸、大鉄形は42系と同様の引き戸でした。
足まわりは、大鉄形と異なり40系と共通の低速型で、
戦時改造の際、高速型の台車をはく大鉄車と分かれ、モハ41に編入されています。
以後の変遷は、田中さまのHPにもあるように
42系と交換で大鉄に転属し、クロスシート整備と歯数比変更の上モハ51に復帰していま
す。
戦前形で、同じ車体ながら足まわり(歯数比)の異なる車輌を同形式に編入していたのは
モハ51が唯一の例ではないかと思います。
戦前は、民間メーカーで製作されるのは車体だけで、電装は省の工場で行っていましたから、
その関係かもしれないですね。
サハ58050の縦樋 投稿者:Satokawa
投稿日: 6月 1日(金)10時28分27秒
ご無沙汰いたしております。
だいぶ旧聞になってしまいますが、岡山時代のサハ58050が張上屋根から
普通屋根に戻った理由が云々され、私の書き込みとして装備統一という
推定をしました。ところが、模型を作ろうと思い、田中様のHPの写真と
国鉄電車ガイドブックの写真を並べてにらめっこしているときにハタと
思いついたのですが、縦樋が埋め込み式から外付けタイプになっているで
はありませんか。即ち、雨樋改造の理由は縦樋の腐食対策では無いかとい
うことです。自分の発した装備統一より充分説得力があると思いました。
張上屋根タイプで縦樋を外付けにすると小田急の車両のように大きな三角
形の漏斗を設けなければなりません。これを造作するよりも標準的に持っ
ている縦樋を使用した方が保守標準化ができる、考えたのではないでしょ
うか?
皆様の推定はいかに?お粗末様でした
クモニ13との再会 投稿者:のんちゃん
投稿日: 6月 1日(金)09時08分15秒
みなさま、おはようございます。この掲示板からたいへんご無沙汰してしまいました。
さて、ご存知の方もいらっしゃるのかもしれませんが、今朝ほどの通勤時に山手大崎支線を
通過中に、何気なく大井工場のほうを見ると、いつものクモヤ90、クモハ12053に続
き、あと17メートルの旧国が2両。「えっ!」と思って目を凝らすと、クモニ13007
とクモハ12052が続いていました。
横浜線から73との併結が消え、単行も消えて早くも20年以上経過しています。
あの頃を懐かしく思い出しました。
昨年の工場公開でも見れなかったのに、嬉しい限りですが、もっと近寄って見たかったです。
そういえば、そろそろ今年も工場公開の季節が近づいてきましたね。
Http://www.asahi-net.or.jp/~ye8n-nsmr/index
申し訳ありません 投稿者:葉賀敏明
投稿日: 6月 1日(金)00時27分40秒
下の書き込み、改行を入れていないために大変見づらくなってしまいました。
申し訳ございません。
身延線の三段窓! 投稿者:葉賀敏明
投稿日: 6月 1日(金)00時25分45秒
田中様、西ナハ様
田中様のHP拝見しました。クモハ51の特集、大変嬉しいです。驚きの写真がたくさんあ
るのですが、西ナハ様も書き込みをしているように、三段窓をつけたクモハ51はすごいで
すね。反対側はどうなっているのでしょうか?客扉の形態とあわせ、両側面わかればぜひ模
型化したいです。たしか身延にはクハ47の112?だったと思うのですが、トイレ窓が三
段窓になっている写真を友人からもらい、大変驚いた記憶があります。
それと同じ身延の810番。窓が1個埋まってるコイツは結構有名ですが、これも反対側
はどうなっていたのでしょうか?岡山の001は確か埋まってなかったような気がするので
す。やっぱり質問ばかりですいません。
西ナハ様、私もHゴム改造された運行燈って結構好きです。もちろんすべての車がコレに
されてしまってたらガッカリですが、そうでないので「その車の個性」ってとれますよね。
新製時からの違いがわかってきてのめりこみ、後天的な改造でどっぷりハマる。これが旧国
東京電車のある風景今昔T 投稿者:73大好き
投稿日: 5月31日(木)10時10分58秒
お久しぶりです。すっかり過去の人となりつつありますが今回は新刊のご案内です。
「東京電車のある風景今昔T」 吉川文夫著 JTBキャンブックス
サブタイトルに「渋谷・銀座・池袋 定点対比 昭和30年代〜40年代といま」とある
ように、ほぼ同一地点で撮った写真によって当時と現在の変貌を記録したものです。上記の
場所以外では東京駅、有楽町、新橋、五反田、恵比寿、東急沿線、京王沿線(井の頭も)、
四ツ谷、東武(東上・伊勢崎)、川崎、南武、鶴見、横浜、相鉄、相模、江ノ電等が登場し
ます。このように旧国を専門に扱ったものではありませんが、丁度旧国活躍時期と重なりま
すので、かなり紙面を賑わしております。各写真が小さいのがタマに傷ですが、A5版とい
うサイズでもありますから致し方ないでしょう。
私としては横浜線の扱いが少ない(長津田・原町田のみ・・・)のが残念ですが、U巻の
予告に「中央線沿線」とありますので一縷の希望を抱いております。
では。
平松さんの写真 投稿者:低屋根800番
投稿日: 5月31日(木)07時05分58秒
平松真一様
初めまして。
HP拝見いたしました。
さて、身延線の写真の身延線 PART2の写真ですが、クハ47061ですね。
識別点は、正面雨樋が直線であること、台車が平軸受けであることです。特徴的な車両です
ので、気が付かれた方も多いと思われます。
あと、旧型車両の魅力のトップページの写真は沼津駅ではないでしょうか?
御殿場線73系は富士まで行く運用はなかったように思いますし、構内の感じが沼津ですね。
これからの写真アップ楽しみにしております。
お礼 投稿者:平松真一
投稿日: 5月30日(水)08時31分16秒
KONE様
お礼が遅くなり失礼しました。
ご指摘の部分を修正したのを、昨日UPしました。
これからもよろしくお願いします。
http://www.ne.jp/asahi/kyakure/77901/
旧形国電の記録 投稿者:全金車クハ79953
投稿日: 5月29日(火)09時16分06秒
おはようございます。田中さんの特集拝見しました。今回も力作揃いで、
堪能しています。この51や60等の半流形の前面は、Hゴム改造車が多いですね。
サムネイル→本画像の試行、技術的なことは解りませんが、画質がアップ
したように見受けられます。それから、今回51を取り上げた主旨等を伺いたいですね。
ボチボチ、と言いながら、早くも入線、ありがとうございました。私にとっては、
「国鉄電車ガイドブック」の写真より、はるかに、田中さんの写真集の方が強力です。
「国鉄電車ガイドブック」は、73系のようにバラエティに富んだ車両の写真が紙数
の都合でしょうが、大変少なく、特徴を掴みにくい点があるのに対し、田中さんのHPは、
「写真版 旧型国電車両台帳」のようで、全体像を俯瞰できます。この名前でHPを
開いても良いのでは、とも思えます。
以上は、2001年5月29日〜2001年6月1日までの記事です。
[ 前ページへ ]
管理者:mc12052geo@yahoo.co.jp