これが、クモハ123−5の長門本山駅でのカット。まんざらでもない?
改造に次ぐ改造なので種車とはずいぶん雰囲気が違う。
乗務員室後ろのこのスペース、なにか出来ないであろうか?カッタ君でも描く?
両開きドアというのも新鮮だ。
−2〜4との違いは、偶数向きに付いているパンタグラフ、正面貫通扉下部に
まで入った青のラインであろうか。
車内には岡山で使われていた跡が・・・。
元々荷電のドア配置をそのまま利用した構造でしたが、下関に転属後ワンマン
対応にドア位置を移動する改造され、ほぼ両側の位置になったが、車内の吊革の
棒の高さまでは改造する事はなかった。(大きい画像で確認してください)
雀田駅でのカット。クモハ42006は当初パンタの向きはこっちでした。
もしそのままだったらこういう向きに見れたはずです。
雀田駅・本山線から見た構図。2種類の窓のクモハ123が・・・。
−5は下段上昇上段下降窓で側面には方向幕はない。
−6は現在幡生の下関車両センターに入場し改造しているとの事。
7月出場予定です。(予定通り出場しました)
今回の転属でJR西の持つクモハ123は全車 下関に集結しました。
因みに現在のクモハ123系は以下の様になっています。
松本運転所 −1
静岡運転所 −5041〜5045、−601、602
下関車両管理室 −2〜6
おまけ(療養所前駅跡他)
療養所前という駅のあったところ。
この近くに日赤医療センターがある。
須恵踏切のそばだが、気づく人は少ない。2003年、昔ホームのあった場所が
崩され、家が立つ様に土地をならしていました。(写真右手)
現在の本山支線には開業時、療養所前・子持御前と2駅がありました。
当時は今のように朝夕だけでなく、かなりの本数があったようですが、
国による買収で省線になったものの乗降が少ないとの事で前出の停留所
は廃止されました。
療養所前は、上の写真の解説にとおり、小野田赤十字病院の至近に設置。
(当時は日本赤十字社山口支部臨海療養院という名称でした。)
子持御前駅は、海方にあった子持御前のお祭りの時はかなり賑わった
そうでして、記録では「本駅にまさる乗降があった」となっています。
この本駅というのは、今の宇部新川なのかは、忘れましたが、一途中
駅で賑わう駅は他にはなかったようです。
戦後、途中に駅を設置して欲しいと陳情があり昭和32年に浜河内駅
が開業しました。
(地元紙で転属直後のクモハ42と写っている写真があります)
2003年3月15〜16日撮影。(デジタルカメラで撮影)
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