慈雨
降り注ぐ水音が、耳を塞ぐ。
雨音を思わせるその音に、瞼が震える気がした。
雨は嫌い。
過去の罪を、心の傷を暴くから。
それなのに、身を打ち付ける水は温かく、優しさに満ちていた。
「あ、起きた?」
金糸に縁取られた瞼をそっと押し上げれば、目の前には鮮烈な紅。
更にその先にある照明の光が、彼の瞳を射る。
微睡みの中で感じていた雨音と水の感触は、まだ自分の身体を包み込んでおり、
それが湯船に貼られた湯とシャワーであることにようやく気が付いた。
湯の中で眠っていたにもかかわらず、溺れずに済んだのは、
どうやら後ろから支えてくれていた男のお陰のようである。
「気絶しちゃってたから、勝手に連れて来ちゃった。」
子供のようなあどけなさで片目を閉じる男の顔は何故か男臭く、
三蔵はボンヤリとした思考のまま肩越しの覗き込むその頬に触れた。
無防備に晒された柔らかな紫。
いつもはキツさが際だつその瞳に、自分の姿を映しながら悟浄は小さく苦笑した。
(まだ半分夢の中だな、こりゃ…。)
肌を重ねるようになって、大分心許してくれるようになったのだと思っても良いのだろうか。
始めの頃は、意地でも自分でバスルームに向かおうとしていたにもかかわらず、
今ではほとんど悟浄に任せきりである。
もちろん態度は特大級。先に好き勝手をするのはお前の方なのだから、後始末は当然。
それが三蔵の言い分なのだが、その『後始末』が何処までなのか、
判ってなかった所は彼の天然ならでわである。
髪に付いた泡を流し終えると、悟浄はシャワーを止める。
「じゃ、始めよっか?」
しっとりとした頬に口付けを落とし、彼は三蔵の身体に負担をかけぬよう持ち上げると、
湯船の縁に腰掛けさせた。
「あ…ちょ、ちょっと待てっっ。」
何をされるのか思い出した三蔵は、慌てて逃げ出そうとするが体勢が悪く、
情事後の体力差はいつも以上にありすぎる。そして…。
「『後始末』しろって言ったのは、三蔵でしょ?」
「ぐ…。」
この辺りが、彼の生真面目さを感じて悟浄は笑ってしまう。
だが、拗ね出されてしまうとベットに戻った時に蹴り落とされる可能性も出てくる。
その前に、と悟浄は三蔵の片膝裏に手を差し入れ、自分の肩にかけさせた。
必然的に露わになる雄に軽く口付け、更にその奥にある場所に指を差し入れる。
コトに及ぶためのものではないため、なるべく煽らないように丁寧に中にあるものを掻き出した。
「は…ん…。」
それでも、熟れ堕ちたばかりの身体が、感じないはずもなく。
呼吸の合間に漏れるその声は、甘く濡れている。
身体を支えるために抱えていた悟浄の頭に伸ばした指先は、いつの間にか真紅の髪に絡んでいた。
吐き出されたものは、内股を伝い、湯船へと落ちていく。
白濁した液体が湯に溶けていく様から目を逸らすように、
目を強く閉じた三蔵は惨めさと虚しさに唇を噛み締めていた。
求め合っても、同性ではその先には何も見いだせない行為。
砂漠に水を注ぐが如き、意味のなさに胸の奥が痛み出す。
モラルなど、常識などとうに捨てたはずなのに。
まるで、女の思考だと自分を嘲笑わずにはいられなかった。
そんな三蔵に気付いた悟浄は、唇が傷付くのを気遣うように口付ける。
ぐずる子供をあやすにように小さな頭を撫でてやりながら、全てを掻き出した蕾から指を抜き、
勃ち上がり始めた花茎に指を絡めた。
「見えないものに、怯えたって仕方ねぇだろ?」
先のことなど誰も判らない。
考えれば、そこには闇が待っているだけ。
唇を離し、悟浄は笑う。
そして、幾度も角度を変えて、触れるだけの口付けを繰り返す。
「今、俺は幸せだけど。それだけじゃ、ダメか?」
人の価値なんて、棺桶に入ってみなきゃ分かんないモンなんだから。
優しい言葉を繰り返しながら、指先は三蔵を煽り立てていく。
内側に沸き立つ感覚に溺れながら、彼は不安定な体勢を保とうとシャワーコックに手を掛けていた。
こんな時でさえ、誰かに素直に頼れない三蔵に、悟浄はらしいと思う。
それでも、少し寂しいからそっと耳朶に口付けた。
「縋るなら、俺に縋れよ。ずっとじゃなくていい。今だけで良いから。」
一人で立ち上がれないほど、お前は弱くない。
偉そうなことを言っているとは思う。だが、それは本心でもある。
お前に救われたのは、俺だから。
次は、自分がお前を助ける番。
「こんなに俺を甲斐甲斐しくさせるのは、お前だけなんだぜ?」
そう言って片目を閉じた悟浄に、三蔵の口元が微かに吊り上がった。
「…悟浄のクセに、生意気だな。」
そう言いながら、コックを掴んでいた指先が離れ、光を掴むように宙を泳ぐ。
羽毛に触れるように悟浄の髪に触れたそれは、次の瞬間、強く彼の首に腕を回していたのだった。
開いたもう片方のベットに移された三蔵は、当然のように隣に滑り込む悟浄を睨み上げたが、
追い出すことはしなかった。
シングルサイズでは、肌が触れ合うのは仕方のないこと。
そう自分に言い聞かせ、三蔵は抱き寄せられた腕の中で瞼を閉じた。
fin