薄染の面紗 (light-dyeing veil)
03・23・00
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03 その日、村に帰った私は、驚愕に身を強ばらせた。
村は、いつもと違って、荒れていた。
そう、嵐が訪れた後のように。
だが、その時の私は、嵐などという現象すら知らなかった。 それまで、村に、そんなものが訪れたことはなかったのだから、それは当たり前だった。 無残な光景に、だが、私は異常を感じ取った。
田畑の土が捲れあがり、植えられていたであろうものは地に倒れ伏し、また、あらゆる場所に吹き飛ばされ、見る限り全滅の模様を伝えている。 私の手から、籐性の籠が、落ちた。
何が起きているのか。
花の事など忘れて、私は自分の家のある方に向かった。 走る足は、もつれて、上手く動かなかった。
普段は賑やかな村から、人のいる気配が消えていた。
私は走った。 倒壊した、家々を横目に見ながら。
まるで、切り裂かれたかのような・・・。
額から、汗が零れ落ちた。
呼吸が苦しくて、私はそこに座り込んだ。
足がガクガクと震え、目の前の自分の家を見つめる目は、どこか不安定にさまよっていた。 家は、明かりすらなく、そして・・・その原形を既にとどめていなかった。 どこにも、人の影はない。
村人は、どこに消えたのか。
父は、母は・・・?
辺りには、静寂が満ち、青い月光の光が静かに降り注いでいた。 耕地も、家々も、何もかもが、荒れていた。
私は、その異変に気づかなかった。
いや、気づく筈もない。
あの山では、何も起きなかったのだから・・・。
私は、いてもたってもいられなくて、とりあえず立ち上がった。 何か、しなければ・・・。
そう思った。 だが、何を? どこに行けばいいのか、何をするべきなのか、思い付かなかった。 ふらふらと歩き出す。
私の耳には、人の声は聞こえてこない。
耳を澄ませば澄ますほど、鮮明になっていく、風の音だけ・・・。 不思議なことに、動物の鳴き声も、葉擦れの音も、何もかも・・・。 私には、本当に、何もわからなかった。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 気づくと、私はそこに立っていた。
顔を上げる、私の視線の先には、一つの新しい家があった。 美しい、青い光に包まれた、私と愛しい少女の家。
そうなる筈だった、家。
不思議な光景だった。
そこだけ、何も起きなかったかのように、月明かりを浴びて、かの家は立っていた。 周りの家々は倒壊しているにも拘わらず、その家だけが、不可思議な力によって守られてでもいるかのように、その外観を保っていたのだ。 だが・・・私は気づいた。
家を、今朝までは鮮やかに彩っていた、花々が、枯れているのだ。 枯れることのない、と言われた神からの祝福の花々が・・・! その光景を見た私は、足の震えを止める事が出来なかった。 青い光と、枯れた花々に包まれたその家は、寂れて見えた。 亡霊でも出てきそうな気配が漂っている。
悲しい色をした、その景色。
ふ、と人の気配を感じて、私はそちらを振り返った。 そこには、村の大人達がいた。
中から、一人が歩みだした。
私は、その人の顔を見て、その蒼白さに、狼狽した。 「父さん」 「ラララ」 厳めしい顔をした、父が、私の名を呼ぶ。
その表情は硬すぎた。
「社の神がお怒りになられた」 沈黙。 私の顔が、青ざめていく。
はっきりと言われた事で、私は、この異常な事態を全て理解したように思った。 だが、私にはわからなかった。
何が、神の逆鱗に触れたのだろうか?
「今年の作物は、全滅じゃ」 しわがれた老人の声がする。
それに続けるように、別の男が言った。 「我らには、何もなくなってしまった」 「長老さま・・・村長さま・・・」 彼らを見とめてそうつぶやいた私の目の前で、父が横を向く。 私は、顔を強張らせた。 「明日の婚儀は中止だ」 村長の、強ばった声が耳に届く。
その意味するところ・・・。
それは・・・。 「どういう・・・」 私の声は、妙に間延びして、その場に響いた。
背筋を、冷たい汗が滑り落ちていくのが、はっきりとわかった。 「婚儀と、神の怒りは、関係ない・・・」 そう言いかけて、私は、はっと、後ろを振り返った。 肩越しに見える、その寂れた家・・・。 私は、乾いた、うわべだけの声で、それでも続けた。
続けなければならなかった。 「関係ないではありませんか・・・」 「かつてない事が、起きている。
それが、そなた達の婚儀にお怒りになった、神の意志だとは思わないのか?!」 村人の中から、そんな声が上がった。
続けるように、誰かが言った。 「神の花が枯れるなんて、前代未聞だ」 「何故、この家だけ無事なんだ?
おかしいじゃないか」 「神山に入って、何かしたんじゃないのか?」 「我々の家を、食料を、生活を、どうしてくれる!」 口々に言う、その言葉。
私は、思わず、一歩後ずさった。
「やめよ」 長老の声が、響いて、村人達は押し黙った。 「ですが、長老」 尚も言い募ろうとした男を、長老は手を上げて制した。 その瞳を、静かに、私へと向けながら。 「村人全員、社に集まっておる。
神の声を聞かねばならぬ。 お前も、来るのだ」 私は、周囲にいる人々を見回した。
明らかに憔悴している、彼ら。
それはそうだろう。
私達は、今まで、本当に一度も、こんな事態を経験したことがなかったのだ。 衝撃に慣れていない。
そういう私の顔からも、血の気が引いているのがわかった。 私は、ゆっくりと肯いた。
それ以外に、何をすればいいのか、わからなかったのだ。 それでも、私は信じられなかった。
藍色の、あの花の在処を教えてくれたのは、『神』だ、と思った。 その『神』の災厄? 『神』は、 私達を、祝福してくれているのではなかったのか。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ |
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