薄染の面紗 light-dyeing veil

032300

 

 

03

 

その日、村に帰った私は、驚愕に身を強ばらせた。 

村は、いつもと違って、荒れていた。 

そう、嵐が訪れた後のように。 

だが、その時の私は、嵐などという現象すら知らなかった。 

それまで、村に、そんなものが訪れたことはなかったのだから、それは当たり前だった。 

無残な光景に、だが、私は異常を感じ取った。 

田畑の土が捲れあがり、植えられていたであろうものは地に倒れ伏し、また、あらゆる場所に吹き飛ばされ、見る限り全滅の模様を伝えている。 

私の手から、籐性の籠が、落ちた。 

何が起きているのか。 

花の事など忘れて、私は自分の家のある方に向かった。 

走る足は、もつれて、上手く動かなかった。 

普段は賑やかな村から、人のいる気配が消えていた。 

私は走った。 

倒壊した、家々を横目に見ながら。 

まるで、切り裂かれたかのような・・・。 

額から、汗が零れ落ちた。 

呼吸が苦しくて、私はそこに座り込んだ。 

足がガクガクと震え、目の前の自分の家を見つめる目は、どこか不安定にさまよっていた。 

家は、明かりすらなく、そして・・・その原形を既にとどめていなかった。 

どこにも、人の影はない。 

村人は、どこに消えたのか。 

父は、母は・・・? 

辺りには、静寂が満ち、青い月光の光が静かに降り注いでいた。 

耕地も、家々も、何もかもが、荒れていた。 

私は、その異変に気づかなかった。 

いや、気づく筈もない。 

あの山では、何も起きなかったのだから・・・。 

           

私は、いてもたってもいられなくて、とりあえず立ち上がった。 

何か、しなければ・・・。 

そう思った。 

だが、何を? 

どこに行けばいいのか、何をするべきなのか、思い付かなかった。 

ふらふらと歩き出す。 

私の耳には、人の声は聞こえてこない。 

耳を澄ませば澄ますほど、鮮明になっていく、風の音だけ・・・。 

不思議なことに、動物の鳴き声も、葉擦れの音も、何もかも・・・。 

私には、本当に、何もわからなかった。

 

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気づくと、私はそこに立っていた。 

顔を上げる、私の視線の先には、一つの新しい家があった。 

美しい、青い光に包まれた、私と愛しい少女の家。 

そうなる筈だった、家。 

 

不思議な光景だった。 

そこだけ、何も起きなかったかのように、月明かりを浴びて、かの家は立っていた。 

周りの家々は倒壊しているにも拘わらず、その家だけが、不可思議な力によって守られてでもいるかのように、その外観を保っていたのだ。 

だが・・・私は気づいた。 

家を、今朝までは鮮やかに彩っていた、花々が、枯れているのだ。 

枯れることのない、と言われた神からの祝福の花々が・・・! 

その光景を見た私は、足の震えを止める事が出来なかった。 

青い光と、枯れた花々に包まれたその家は、寂れて見えた。 

亡霊でも出てきそうな気配が漂っている。 

悲しい色をした、その景色。 

ふ、と人の気配を感じて、私はそちらを振り返った。  

そこには、村の大人達がいた。 

中から、一人が歩みだした。 

私は、その人の顔を見て、その蒼白さに、狼狽した。

「父さん」

「ラララ」

厳めしい顔をした、父が、私の名を呼ぶ。 

その表情は硬すぎた。 

「社の神がお怒りになられた」

沈黙。 

私の顔が、青ざめていく。 

はっきりと言われた事で、私は、この異常な事態を全て理解したように思った。 

だが、私にはわからなかった。 

何が、神の逆鱗に触れたのだろうか? 

「今年の作物は、全滅じゃ」

しわがれた老人の声がする。 

それに続けるように、別の男が言った。

「我らには、何もなくなってしまった」

「長老さま・・・村長さま・・・」

彼らを見とめてそうつぶやいた私の目の前で、父が横を向く。 

私は、顔を強張らせた。

「明日の婚儀は中止だ」

村長の、強ばった声が耳に届く。 

その意味するところ・・・。 

それは・・・。

「どういう・・・」

私の声は、妙に間延びして、その場に響いた。 

背筋を、冷たい汗が滑り落ちていくのが、はっきりとわかった。

「婚儀と、神の怒りは、関係ない・・・」

そう言いかけて、私は、はっと、後ろを振り返った。

肩越しに見える、その寂れた家・・・。  

私は、乾いた、うわべだけの声で、それでも続けた。 

続けなければならなかった。

「関係ないではありませんか・・・」

「かつてない事が、起きている。  それが、そなた達の婚儀にお怒りになった、神の意志だとは思わないのか?!」

村人の中から、そんな声が上がった。 

続けるように、誰かが言った。

「神の花が枯れるなんて、前代未聞だ」

「何故、この家だけ無事なんだ?  おかしいじゃないか」

「神山に入って、何かしたんじゃないのか?」

「我々の家を、食料を、生活を、どうしてくれる!」

口々に言う、その言葉。 

私は、思わず、一歩後ずさった。 

「やめよ」

長老の声が、響いて、村人達は押し黙った。

「ですが、長老」

尚も言い募ろうとした男を、長老は手を上げて制した。 

その瞳を、静かに、私へと向けながら。

「村人全員、社に集まっておる。  神の声を聞かねばならぬ。  お前も、来るのだ」

私は、周囲にいる人々を見回した。 

明らかに憔悴している、彼ら。 

それはそうだろう。 

私達は、今まで、本当に一度も、こんな事態を経験したことがなかったのだ。 

衝撃に慣れていない。 

そういう私の顔からも、血の気が引いているのがわかった。 

私は、ゆっくりと肯いた。 

それ以外に、何をすればいいのか、わからなかったのだ。 

それでも、私は信じられなかった。 

藍色の、あの花の在処を教えてくれたのは、『神』だ、と思った。 

その『神』の災厄?

『神』は、 私達を、祝福してくれているのではなかったのか。

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