薄染の面紗 (light-dyeing veil)
03・23・00
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04 私の、王覇に対する恨みは、日に日に募っていった。
抱かれるごとに、私の中で闇が燻っていく。
破壊を望むその声が、私を内から壊そうとする。
だが・・・その度に、紅蓮の炎が過ぎっていくのだった。 彼女の、彼らの、苦悶の悲鳴と共に・・・。 神神。 彼らに幻想を抱いたのは、何故だったろうか?
見たこともない彼らに期待し、救いを求めた自身が、滑稽でならない。 彼らを知った私の胸には、無残に砕け散った幻想以外、何も残りはしなかった。 闇の中に散っていく数多の魂を、彼らは見下しながら見送る。 伸ばそうと思えば伸ばせる手を、差し伸べずに。
助けられる人を、助けずに。
それが、彼らだった。
そう、それが、彼らだったのだ。 「ゼルヴィール」 それは、私の名ではない。
胸の中に反発が生まれる。
それは、あいつが付けた名だ。
人であった私が、別のモノと化した証に。
だが、私は、私の名を、既に思い出せなかった。
思い出すには、月日が経ちすぎていたし、また、私の精神は病んでいて、その頃の記憶をほとんど喪失してしまっていた。 「あの方のお気に入り・・・」 私に聞かせるように語られる言葉。
陰で言われる方が、ずっといい。
彼らは、私を甚振って楽しんでいる・・・。
私の反応を見て、嘲笑っているのだ。
元々が高慢な彼ら。
そうとしか思えない口調。
私は、早く逃れたかった。
だが、あいつから逃れられる筈もなかった。
あいつは、神神の中でも最高位にあるモノ。
足掻いたところで、面白がられるのがオチだ。
だが、それでも足掻かずにはいられなかった。
「元は、人間だと言うではないか」 人外のモノになど、なりたくてなったわけではないのに・・・。 「あの方に次ぐ力を、与えられたらしいな」 役に立たない、こんな力など、いらなかった。
私が欲しいものは、こんなものではないのだ。
早く、ここから逃れたい・・・。 閉じられた世界の中で、闇だけが巡っていく。
逃れられない苦痛の世界は、あの時、始まったのだ。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 騒めき。 全ての村人が集められた、広い社の境内。
あまりに静かな村の風景から、かけ離れたそこ。
祭りのある日のように賑やかで、だが、そうではないとわかる程の、負の緊張感が漂っている。 私が社の境内に入ると、一人の女がそれに気付いて私の側に駆け寄ってきた。 ララララ・・・名さえ思い出せない、私の妻になる筈だった女。 泣きそうな顔をして、彼女は私の胸の中に飛び込んできた。 その、長い黒い髪は、きっちりと纏められていずに、宙をぶらぶらとさまよっている。 私は、震える彼女の身体を、そっと抱いた。
それ以外に、どうすればいいのか、わからなかった。 「女を生け贄に」 そんな囁きが、何度も何度も聞こえてくる。
冗談じゃない。 彼らの視線は、彼女の上にあった。
彼女を見初めた神が、彼女が人間と結ばれるのが気に食わないのだ、と。 彼らは思っているらしい。
そんな筈がない。 社への道。 私は、彼女を伴って進んでいく。
粗末な社の前に立って、私は、じっとそれを見つめた。 私には、本当に信じられなかったのだ。
神が・・・。 私は、神に向かって問い掛けていた。
何故、と。 その言葉が漏れると同時に、社の扉がバタンという音と共に開かれた。 風もない。 不自然な力によって開かれたとしか思えない・・・。
私を招くように、扉は開いている。
私は、行かなければならない気がした。
彼女と私の未来の、為に?
そうだっただろうか?
だが、その時、そう思ったのだ。
きっと、他の者もそう思っていたに違いない。
ただ、村の者達は、私ではなく、彼女がそこに行く事を望んでいたのだろうけれど。 「その女を社に」 「神は、彼女を求めておられるのだ」 「村の為に」 「我らの為に」 所々から狂気を孕んだような悲鳴と怒声が上がった。
ざわめきが、その場に満ちていく。
腕の中の彼女が恐怖に身じろぎした。
誰かが、彼女の腕を取ろうとする。
必死で彼女を守りながら、私は声を上げていた。 「彼女の代わりに、行けばいいのだろう?!」 一瞬の静寂の後に、より大きな騒めき。
境内は、非難めいた怒声に埋め尽くされていった。
「何を馬鹿な事を」 「男では満足するまい」 「女を捧げよ」 「うるさい!」 震える彼女の肩。
私は、彼女をそこに送り込むくらいなら、自分が行こうと、決めた。 少なくとも、私の前に現れたあれは、『神』の化身だった筈だ。 その真意を聞いてみたかった。
私は、そっと彼女の身体を遠ざけると、社の方へ踏み出した。 石段を上ろうとした時だった。 女の悲鳴が上がった。 「何を・・・」 呟いたのは、母だった。
濡れた目を見開いて、彼女は私の前で首を振った。
嫌がるように。
かがり火の焚かれた境内は、何時の間にか静寂が訪れていた。 私は、母の元まで戻った。
そして、その額に手を当てて、なだめるように髪を梳いた。 私の身長より低い母の、見上げる視線には、涙の跡が覗えた。 その時、私は母と何か会話を交わしたのだが、既に私の記憶にはない。 ただ、行かないで、という母の言葉は、耳に残っている。 振り返ると、背後に立つ彼女と目が合った。
彼女は、静かに首を振った。
そうして、私の腕を掴むと、驚く程の強さで引くのだった。 彼女も、最後まで、私を引き止めようとしたのだ。
私は、その腕を無理矢理引き剥がすと、静かに首を振った。 そして、安心させるように告げたのだった。 「大丈夫だ。 『神』が私達を悪くなさる筈もない。 すぐに戻ってくるから、待っていてくれ」 彼女は、必死に首を振って、私に縋り付こうとした。
それを後ろから羽交い締めにして止めたのは、彼女の父親だった。 私は、少しだけ頭を下げると、彼女の悲鳴を聞きながら、歩き出した。 社へと再び歩を向けた私の目に、父と兄弟達が見えた。 幼い弟妹の、何が起こっているのかわからない、という無垢な瞳と、父の険しい顔。 兄や姉の目。 私は、この時の彼らの姿を、決して忘れる事は出来なかった。 いくら記憶が風化して、母の顔も、父の声も、全ての人間を忘れても、あの、張り詰めた空気と、彼らの眼差しを・・・。 それが、私が、彼らと永別した瞬間だったから。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 私は、社の扉を開けると、そこに踏み込んだ。
普段は閉じられたそこは、何があるわけでもない。
ただの、祭壇じみたものがあるだけだ。
一度、背後を振り返ると、格子の向こうに村人達の顔が見えた。 不安そうな、顔。
皆、そこに跪いている。
祈るように。 それ以外に、何もする事が出来ないのだ。
守られ過ぎたが為に、何も自らすることが出来ない彼ら。 私も、その一人だった。
私達に、村人の非難が集中していなかったら、私は同じように、その場で贄にされる者を、祈りながら見つめるしかなかっただろう。 もう一度、私は彼女を見遣った。
目線が合った気がした。
瞬間、彼女は、不意に立ち上がって、こちらに駆け寄ろうとする。 目を見開いた私は、すぐにほっと息をついた。
彼女は、周りの人々に取り押さえられていた。
くずおれるようにして、彼女はその場に座り込んだ。
泣き叫ぶ声が聞こえた。 彼女を犠牲にしたくない。 『神』に許しを貰うのだ。 何としても。 私が失敗すれば、彼女は・・・。 ほうっと息をつくと、私は再び前方を見やった。
そして、瞬間、息を呑んだ。
先ほどの祭壇は、既になかった。
あるのは・・・。
その代わりにあるのは、豪華な寝台だった。
何時の間にか、私は異界に迷い込んでしまったのかもしれない。 美しい調度が設えられた、そこは、私がこれまで見たこともないもので溢れていた。 そう思っていると、声をかけられた。
若く、美しい声。
その場に響き渡るその声音は、どこか人を陶酔させるようだった。 「そこにいるのは、誰か?」 私は、思わず後退った。
寝台にかかっているヴェールの向こうから、ぬっと手が伸びた。 美しい手だった。
それ以外に、何の言葉も浮かばない程。
息を呑む私の前で声は再び告げた。
男の声が響いた。 「男か・・・、男でもいい」 その声に聞き惚れるように、私は呆然としていた。
「退屈していた。
来るがよい」 男の、この世のものとも思えぬ美声に招きよせられるように、私は歩を進めた。 それは、私が魅了されていた、ということなのかもしれない。 ヴェール越しに、動く影が見えた。
その腕の中に、私の身体は攫われた。
男の動作は、流れるように優雅で、私に、何の疑問も抱かせなかったのだ。 私は、その時、そこが社の中だと言う事も、私が、何故そこにいるのかも、そして、私の目の前の男が誰なのかも、気に留めていなかった。 そう、まるで、何もわからない幼子のように・・・。
目の前に、美しい若者の顔があった。
ただ、美しいとしか言いようのない、それ。
ごくり、と私は息を詰めた。
私が、その男が、私達の村で言った所の、『神』であり、そして、その罠にかかってしまったのだ、と気付いたのは、全てが終わった後だった。 私がそれに気付かされたのは、ずっと後の事だった。 彼は告げたのだ、私に。 彼の目的は、私だった、と。 彼は、私を得る為だけに、私の村を・・・。
そして、私は・・・二度と出る事の出来ない、檻の中に閉じ込められてしまったのだった。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ |
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