薄染の面紗 light-dyeing veil

032300

 

 

05

 

『それ』は厳密に言うと男ではない。 

かと言って女でもない。 

性別など、『それ』には関係ないのだ。 

『それ』は姿形を自由自在に変更することが出来る『モノ』であった。 

だが、そのいづれもが、『それ』の本当の姿ではないのだ、と言う。 

では、その姿を見る事の出来るものはいるのか、と問うと、男は良く通る声で一言、こう言った。 

誰も、我の真の姿を知らぬ、と。 

『男』の名さえも、真の名ではないのだ、と。 

では、『それ』は、一体何なのだ? 

この世にあって、ない、それが王覇だった。 

その存在さえ不確かで曖昧なモノを、だが、私は憎まずにはいられなかった。 

私の憎悪は、永遠に、消え失せることなどない。 

私は、そう断言出来る程、『奴』を憎んだ。 

何故なら・・・。

 

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私は、泣いた。 

それは、何年ぶりの涙だったのか。 

悲しくて、泣いたのではない。 

空しくて、泣いた。 

奴は私の目から溢れ出る涙に触れた。

「面白い。  其は我を楽しませてくれそうだ」

奴が口元に刷いた艶やかな笑みが忘れられない。 

「其を我が物にしてやろう。  光栄に思うが良い」

奴の高慢な口調。 

思い出す度に、鳥肌が立つ。 

怖いくらいに、奴に似合いすぎた、その口調。 

私の背筋に悪寒が走る。 

凄絶な美貌の主は、残忍ととれる笑みをその顔に張り付けていた。

           

だが、そのまま、放心して、硬直している訳にはいかなかった。 

私は、何故私がそこにいるのかを思い出した。 

私は、村に災いをもたらした奴に、その理由を聞きに来たのではなかったのか。 

幸せな、生活を取り戻すために・・・。 

村人達がどう思おうと、私の目的は、そこにしかなかった。

           

私は、爪が掌に食い込む程強く、手を握り締めた。 

そうして、勢いを付けて身体を起こす。 

鈍い痛みが、身体に走った。 

初めて味わった屈辱的な感覚だった。 

私の上に跨っていた男が、面白がるような顔をして、身を引いた。 

私は、私を襲う痛みに耐えながら、必死に言うべき事を思いだそうとしていた。 

 

「私の村を救って下さい」

出ない声を無理に絞り出してそう言う私を、男は覗き込んだ。

私は驚いていた。

私自身の言葉に。

それが、『神』に対する抗議ではなく、請願であった事に。           

男の手が、私の顔を包み込む。 

そのまま、奴は私の目を覗き込むように、顔を近づけてきた。 

不可思議な色合いの瞳が、私を捕らえた。 

引き込まれそうになる・・・。 

私の心の奥を、それは侵食する眼差しだった。 

美しい魅惑的な奴の顔。 

何もかもを忘れて、受け入れてしまいそうになった。  

だが、私の胸裏に、ふっと彼女の顔が浮かんだ。 

 

ララララ・・・。

 

私の唇が、その名を紡ごうと開きかけた時・・・。

男の唇が、私の唇を覆った。 

まるで、私が言おうとしていた言葉を、絡め取り、奪うように。 

耳に届く、卑猥に響く音。 

私の意識は再び、闇の中へと堕ちて行った。

 

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「ゼルヴィール!」

藍色の髪をした青年。 

叫んだ青年は、私の手からナイフを取り上げた。 

いつのまに、そんなものを握っていたのだろうか? 

そうぼんやりと思う私の前で、青年は怒気を発している。 

わからない。 

確か、この男の名は・・・。   

青年は、王覇が私につけたお守りだった。 

そう、監視役・・・。 

頭痛がする。 

この時、私はどこかおかしかった。 

記憶もまばらで、覚えている事と言ったら、死にたい、という思いだけだった。

           

ナイフの刃を当てていた首筋が、チリチリと痛んだ。 

熱いものが、肌を伝わって落ちていく。 

私は、我に返った。 

青年を見やると、彼はその手の中のナイフを、丁度消し去った所だった。 

掌の中で、ナイフは、蒸発するように、なくなる。 

彼らの持つ、神の力で。 

見慣れてしまった、非日常。 

「何をしている。  何度言ったらわかるんだ!?  我らは、不死身なのだと。  死ねるとでも思っているのか」

憤った口調と裏腹の、醒めた表情をする青年。 

私の胸の奥に、沸き上がる苛立ち。

「不死身?  不死身だって!?」

整いすぎた、その顔の中の、両眼が、透明なクリスタルのように光を反射した。 

どこか不気味な陶器人形のようだ。 

だが、怖いとは、思わなかった。 

ひるむことなどないのだ。 

そう、不条理なのは、私ではない。 

彼らの方なのだ。 

「ゼルヴィール、貴方は、自分を何だと思っているんだ?  貴方は、既に人間じゃない。  ・・・我々と同じモノなのだ」

胸の中に生まれる反発。 

反発・・・。

 私は、やりきれない思いをもてあますかのように、両手で顔を覆った。 

 

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同じモノ?

同じモノだって? 

違う。

私は、お前達とは、違う。 

何故、私を解放してくれないのだ? 

私は、何も欲してはいなかった。 

私は、ただ、ありふれた、日常の幸せが欲しかっただけなのだ。 

それを、欲張りだというのか? 

どうして・・・!

 

 

わかりたくない。 

悟る事なんて出来ない。 

押し付けられたのは、永遠の時と、無限の力? 

そんなもの、いらない。 

 

彼女の笑顔が瞼裏に焼き付いている。 

胸が苦しくなった。

耐え難い程の侮辱と汚辱に塗れて、それでも私は生き続けるのか? 

何故、私から全てを奪うのだ? 

死ぬ事さえも出来ないで。 

忘れさせてくれ。 

全てを、無に帰して、新たな生を送らせてくれ。 

『神』とは、何なのだ? 

『奴』は私を生かし続ける。 

消せない、記憶と共に・・・。 

消せない、想いと共に・・・。

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