薄染の面紗 (light-dyeing veil)
03・23・00
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05 『それ』は厳密に言うと男ではない。
かと言って女でもない。
性別など、『それ』には関係ないのだ。
『それ』は姿形を自由自在に変更することが出来る『モノ』であった。 だが、そのいづれもが、『それ』の本当の姿ではないのだ、と言う。 では、その姿を見る事の出来るものはいるのか、と問うと、男は良く通る声で一言、こう言った。 誰も、我の真の姿を知らぬ、と。
『男』の名さえも、真の名ではないのだ、と。
では、『それ』は、一体何なのだ?
この世にあって、ない、それが王覇だった。
その存在さえ不確かで曖昧なモノを、だが、私は憎まずにはいられなかった。 私の憎悪は、永遠に、消え失せることなどない。
私は、そう断言出来る程、『奴』を憎んだ。
何故なら・・・。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 私は、泣いた。
それは、何年ぶりの涙だったのか。
悲しくて、泣いたのではない。
空しくて、泣いた。
奴は私の目から溢れ出る涙に触れた。 「面白い。 其は我を楽しませてくれそうだ」 奴が口元に刷いた艶やかな笑みが忘れられない。
「其を我が物にしてやろう。
光栄に思うが良い」 奴の高慢な口調。
思い出す度に、鳥肌が立つ。
怖いくらいに、奴に似合いすぎた、その口調。
私の背筋に悪寒が走る。
凄絶な美貌の主は、残忍ととれる笑みをその顔に張り付けていた。 だが、そのまま、放心して、硬直している訳にはいかなかった。 私は、何故私がそこにいるのかを思い出した。
私は、村に災いをもたらした奴に、その理由を聞きに来たのではなかったのか。 幸せな、生活を取り戻すために・・・。
村人達がどう思おうと、私の目的は、そこにしかなかった。 私は、爪が掌に食い込む程強く、手を握り締めた。
そうして、勢いを付けて身体を起こす。
鈍い痛みが、身体に走った。
初めて味わった屈辱的な感覚だった。
私の上に跨っていた男が、面白がるような顔をして、身を引いた。 私は、私を襲う痛みに耐えながら、必死に言うべき事を思いだそうとしていた。 「私の村を救って下さい」 出ない声を無理に絞り出してそう言う私を、男は覗き込んだ。 私は驚いていた。 私自身の言葉に。 それが、『神』に対する抗議ではなく、請願であった事に。 男の手が、私の顔を包み込む。
そのまま、奴は私の目を覗き込むように、顔を近づけてきた。 不可思議な色合いの瞳が、私を捕らえた。
引き込まれそうになる・・・。
私の心の奥を、それは侵食する眼差しだった。
美しい魅惑的な奴の顔。
何もかもを忘れて、受け入れてしまいそうになった。 だが、私の胸裏に、ふっと彼女の顔が浮かんだ。
ララララ・・・。 私の唇が、その名を紡ごうと開きかけた時・・・。 男の唇が、私の唇を覆った。
まるで、私が言おうとしていた言葉を、絡め取り、奪うように。 耳に届く、卑猥に響く音。
私の意識は再び、闇の中へと堕ちて行った。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 「ゼルヴィール!」 藍色の髪をした青年。 叫んだ青年は、私の手からナイフを取り上げた。 いつのまに、そんなものを握っていたのだろうか? そうぼんやりと思う私の前で、青年は怒気を発している。 わからない。 確か、この男の名は・・・。 青年は、王覇が私につけたお守りだった。 そう、監視役・・・。 頭痛がする。 この時、私はどこかおかしかった。 記憶もまばらで、覚えている事と言ったら、死にたい、という思いだけだった。 ナイフの刃を当てていた首筋が、チリチリと痛んだ。 熱いものが、肌を伝わって落ちていく。 私は、我に返った。 青年を見やると、彼はその手の中のナイフを、丁度消し去った所だった。 掌の中で、ナイフは、蒸発するように、なくなる。 彼らの持つ、神の力で。 見慣れてしまった、非日常。 「何をしている。 何度言ったらわかるんだ!? 我らは、不死身なのだと。 死ねるとでも思っているのか」 憤った口調と裏腹の、醒めた表情をする青年。 私の胸の奥に、沸き上がる苛立ち。 「不死身? 不死身だって!?」 整いすぎた、その顔の中の、両眼が、透明なクリスタルのように光を反射した。 どこか不気味な陶器人形のようだ。 だが、怖いとは、思わなかった。 ひるむことなどないのだ。 そう、不条理なのは、私ではない。 彼らの方なのだ。 「ゼルヴィール、貴方は、自分を何だと思っているんだ? 貴方は、既に人間じゃない。 ・・・我々と同じモノなのだ」 胸の中に生まれる反発。 反発・・・。 私は、やりきれない思いをもてあますかのように、両手で顔を覆った。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 同じモノ? 同じモノだって?
違う。 私は、お前達とは、違う。
何故、私を解放してくれないのだ?
私は、何も欲してはいなかった。
私は、ただ、ありふれた、日常の幸せが欲しかっただけなのだ。 それを、欲張りだというのか?
どうして・・・! わかりたくない。
悟る事なんて出来ない。
押し付けられたのは、永遠の時と、無限の力?
そんなもの、いらない。
彼女の笑顔が瞼裏に焼き付いている。
胸が苦しくなった。 耐え難い程の侮辱と汚辱に塗れて、それでも私は生き続けるのか? 何故、私から全てを奪うのだ?
死ぬ事さえも出来ないで。
忘れさせてくれ。
全てを、無に帰して、新たな生を送らせてくれ。
『神』とは、何なのだ?
『奴』は私を生かし続ける。
消せない、記憶と共に・・・。
消せない、想いと共に・・・。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ |
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