北海道の車旅

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残念、出発時点からアクシデント続出で
              車旅の友とも充分楽しめなかった旅

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大洗港

楽しいねえ

ちょっとポ−ズを

2015.6.27〜7.8

宮島沼

カメ

Kさん遅くなりました

夕方近くにでたカレ−

キャンプ場

Kさん宅の庭

27日
今年も二週間の予定で北海道、枝幸町のウスタイベキャンプ場で7月4〜5日行われる「かにまつり」に参加し車旅の友と親睦を深める旅に出かける事にした。準備は2ヶ月前から始め全ての準備を整え昼前に快晴の東京を出発し茨木県大洗港までは高速自動車道で行くべく、ナビに電源を入れ設定しようとしたが、なにか動きがおかしい。タッパネルでタッチしても思うように画面が動かないのである、設定が悪いのかといろいろ取扱説明書を調べても原因はわからず、ナビの会社アルパインのテクニカルサ−ビスに電話をしても電話混雑と言うことで繋がらず。
工場出荷時の初期設定に戻すべく取説で項目を探したが記載なし、30分以上もいろいろ調べたがフェリ−の乗船受付締切時間のこともあり止む得ず関東自動車道に入りフェリ−乗場の大洗港に向かう。

普段は一般道を主に走るので高速道での大洗港へはPAの位置も分からず少しばかり苦手なのである。
関東自動車道は終点の潮来ICで下車、R52号線経由で大洗港へは16時に到着すぐに乗船手続を行う。17時半前に乗船開始となり、エコノミ−の大部屋に入るが乗客は少ない、フェリ−は予定通り18時30分に出航となる。
まもなく苫小牧港への到着が多少遅れるかも知れないと船内アナウンスがながれた。
私はレストランでの夕食後は、明日のこともあり早々に毛布を掛けてうとうと就寝するが、しばらくして12時前頃?からか船がかなり揺れるので目が覚める。

炭がはねて花火のよう
なにを焼くのかなあ

月形町皆楽公園

Mちゃんお世話になりました

いよいよ出発 小雨が降っている

ウスタイベキャンプ場へ

楽しいバ−ベ−キュ−

案内所前

エコノミ−ル−ム

太陽が沈みはじめる

レストラン

  神威岬公園
霧が低く垂れこめている

キャンプ場

2日
今日も小雨が降っている、またまた旅友よりの差し入れがありNさんと朝食を一緒にとる、
その後は、近くの神威岬公園まで出かけるが雲が低く垂れこめてなぜかものさびしい。
今日もナビのテクニカルサポ−トに何度も電話するが繋がらず、ナビが使えないとなるとこの先の北海道での行程が計画しずらいく弱り果てる。
まつりの準備が始まり、テント等の設営が始まる。水溜まりのぬかるんでいる場所にジャリを敷く作業が始まり少しは改善された。
私は昼前に近くのホテルの温泉入浴に出かける、Nさんが入浴券を2枚ゆづってくれた、ホテルでまつりの前売り券を8枚分購入する。

道路わきにはキタキツネが
             

夕食

車も多くなってきた

私の駐車場所

7月1日
朝起きて外を見ると小雨が降って寒い。朝食はNさんから差し入れがあり車で一緒に食べる。名前は分からないが何度となく見慣れた顔の人が何人もいて旅友仲間と雑談で終日過ごす。キャンピングカ−が次第に多くなる。
昼食と夕食は差し入れがまたありNさんと一緒に食べる。

車中で夕食

キャンプ場も日が暮れてきた
    19時30分

18時30分無事キャンプ場に到着

かなり雨が激しく降ってきた

大切にされている旅友の写真

食後のデザ−ト

朝食

30日
今日も天気があまり良くない起きるのが遅く7時過ぎとなる、今日は枝幸町のキャンプ場へ出発することにする。私は何度なくナビのテクニカルサポ−トに電話をするがやはり返答なし。
Nさんも一緒に出発することになり、私はNさんの後ろについて行くことにする。
出発時にKさんがなんとお昼と夕食、大きなタッパ−にキャベツと、トマト、キュ−リを持って行くようにと渡してくれた、Kさん夫婦にお礼を言い11時半に出発となる。
Mちゃんは我々が表通りに出て見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
10分程走り、R12号線に入り昨日立ち寄ったつるま道の駅を見てR275号線で枝幸町へと向かう、途中何度もテクニカルサポ−トセンタ−へ電話をするが相変わらず繋がらず、思案の末にオ−トバックスに電話をしテクニカルサポ−トに電話をしてもらうがやはり繋がらず、オ−トバックスの担当者よりナビの電源を取り外し初期化をするよう指示され、ガソリンスタンドで対処してもらうが不調は改善せず。
途中で雨が降ってきて見通しが悪い、オ−トバックスより何度か電話がありその都度Nさんは車を路肩に停めて待っていてくれたり、見えなくなると戻ってきたりして気を使ってくれた。キャンプ場には18時に到着、もう線引きは終わっていて我々の駐車場はIさんが炊事場近くの場所を確保してくれていた。空は相変わらず曇天であり少しばかり寒い、もうすでにかなりの車が到着していた、雨が続いたのかキャンプ場はあちこちに水溜まりができて長靴でないと歩けない場所もあり、普通乗用車がぬかるみにはまり動けない個所もあったりとこのままでは多くの車が駐車できなくなりそうである。夕方はNさん夫婦達と私の車内で一緒に食べる事にした。

早くもコスモスが咲いている

ビニ−ルハウス

Nさん宅の周囲は畑のなか

カメ

タカ

ツル  2羽

苫小牧からは遠く離れた
釧路沖に向かう

29日
朝5時に目が覚める、外は曇空である、昨日は寝るのが遅くて4時間も寝ていないが、フェリ−でゴロゴロしていたこともあり、あまり眠気はない。
Kさんのお祖母さんはもう起きて畑仕事をしている。朝食後はNさん夫婦を交えてお互いの近況報告等の雑談にこうじる。
お祖母さんから、菜園や庭の説明をしてもらう。4月初旬からビニ−ルハウスの作業に入り毎日ハウス作業に精を出しているらしい。今年90歳になると言うのに脚立を使い庭木の剪定作業をしていると言うからこれまたびっくり仰天、しかも足腰に痛みがないと言うのだから恐れ入る。
良く見ると庭には北海道の代表的なオンコの樹で作り上げた、鶴が二羽、亀が二匹、鷹などが綺麗に手入れされていて素晴らしい。
お祖母さんは、踊りも習っているようで濃いピンクの芝桜の花で扇の形を作って華やかさもある。
良くもここまで丹精込めて造ったものだとただ感心するばかり、週に一度はマ−ジャンもやり晩酌も欠かさないと言う元気お祖母さんである。

日中はKさん、Nさん達と渡り鳥が飛来することで新聞にも掲載され有名な宮島沼に出かける。
あまり大きな沼ではないが沼畔にはビジタ−センタ−もあり広い駐車場も完備している、地元もかなり保護活動に力をいれているようであった。
周辺には大小多くの沼がある、昔は川だったところが堰き止められて沼になったところが多いらしい、キャンプ場としても整備されているところもありシ−ズンには賑わうことであろう。
夕方は早目のお風呂に入り、5時半頃より楽しいバベ−キュ−が始まる、6人で乾杯カンパイとガヤガヤ楽しい会話が弾む。さすがに陽が沈むと急に寒くなってきた。私は昨夜の寝不足もあり9時前には眠くなり2階で就寝となる。

  長い航海でした18時過ぎ
約5時間遅れの24時間かかった

昼頃の船の位置

海が荒れてきた

    枝幸町についた
ここを曲がればキャンプ場はすぐ

Mちゃんは見えなくなるまで
手を振って見送ってくれた

  
ここにいる
 

良く整備された大きなキャンブ場で
近くにはつるぬま道の駅や温泉もある

マガンが飛来する

朝食をごちそうさま

ようやく苫小牧港が超えてきた

苫小牧港

波は穏やか

28日
明け方近くに青森沖の津軽海峡付近を低気圧が通過中で、船は低気圧をさける為にコ−スを少し変更するので、13時半到着予定が大幅に遅れるとの船内放送、しばらくすると8時間遅れで20時頃到着見込との放送が繰り返し流れ船内が騒然となる。
船はかなりロ−リングで大きく揺れている、手摺等に掴まっていないと歩ける状態ではない、立っていると気分が悪くなりそうである。
レストランはバイキング方式であるが、揺れがひどく配膳することができなく朝食の開業は中止となる。
航海が順調ならば苫小牧港には13時30分に到着なので、旅行の日程がずれてホテルの宿泊予約をしている人達は下船してからの行程が狂いキャンセル等の手配が必要となり大慌てである。
本来ならば陸地に近いコ−スを通るので携帯も比較的使用
きるのだが、コ−スが大きく外れて襟裳岬沖〜釧路沖に向かって進んでいるので陸地からは遠く、携帯は全く使えないのである。
そのうち船内備え付けの衛星電話 ? を開放してもらえることになり、電話を使う乗客の列が延々と続く。
私は夕食を美唄市のKさん宅でご馳走になるつもりでいたが、苫小牧港からは約100Km以上あり夜遅くなる旨を伝える。
船の揺れがひどく横になって休んでいたが、昼近くに船内放送で朝食用にレストランを開けると言う放送で出かける、食事をとるのも揺れと戦いながら食べるので転倒しないよう必至である、気を抜くと手にお皿を持ったまま転びそうで食事もそこそこに席を立つ、それにしても食べられて良かった。
午後遅く、苫小牧港への入港時刻が少し早まりそうだと情報が入り、その後も苫小牧港へは入港に際し港入口は信号待ちの関係もあるとの事で、二転三転したが18時過ぎには到着が確実と伝えられる、16時半頃にはカレ−が無料で配られることになり、お腹がすいているので多くの人がレストランと出向く。フェリ−は18時過ぎに曇天の苫小牧港へ無事入港、下船後はすぐに美唄市のKさん宅へ向かう、ナビが使えないので時間がかかり、美唄に着いたのは街頭もほとんどない畑のなかで真っ暗、始めての家でありもKさん宅を探し当てる事はできず、近くまで迎えにきてもらう。
Kさん宅へは21時頃に到着となり早々に夕食をごちそうになる、すでにNさん夫婦は到着していた。
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