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24日 朝起きるとかなりの雨が降っている、今日は今回の目的のひとつでもある遠戚で日本外史を作った頼山陽の史跡記念館を訪ねる。
広島市内の中心部である原爆の投下されたすぐ近くにあり、頼家が暮らした旧居を整備し各資料や、頼山陽が脱藩し5年間幽閉された間に著述に明け暮れ、代表作「日本外史」を執筆した国の史跡「頼山陽居室」等がある。
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大自然の息づかいを感じる秋の知床
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頼山陽の史跡記念館を訪ねる寂地峡
頼山陽は外史の他にも、詩や絵もたしなんでいたようでいろいろな資料が残されている。頼家では誕生日や季節の節目等毎に年間の行事を決、月に数回程度は祝膳等で食を楽しむ習わしがあり、多くの食材を調理する器材等も残されていて、食文化が豊かであった言う。
史跡資料館前の交差点
頼山陽居室
入口で
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日本外史とは
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その後はR2号線〜津和野街道(30号線)〜R186号線〜R434号線を通り2時間弱で寂地峡に入る。
寂地峡(標高300mにありいくつもの滝が連続している、龍の名前が付いた五滝が日本の滝百選となっている)
滝が続く
  ↓
Aコ−ス
スタ−ト
龍尾の滝
白龍の上部で名前のついていない滝
龍門の滝〜龍頭の滝
(滝百選の五龍のうち上段の滝)
への登り階段龍頭の滝
近くから下を見下ろす
これからスタ−ト
名前は不明
龍尾の滝へ
R434号線の最高地点
この橋を渡り対岸へ
橋から見下ろすと恐ろしいほどの激流
原爆で
被爆した樹
登龍の滝(落差8m)
登龍の滝
白龍の滝
白龍の滝(落差10m)