北の大地で祭りを楽しむ
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なぜ北海道に義経神社が ?

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富良野は昼に出発し苫小牧に向かって走る、フェリ−の出航は13日午前1時半であり、遅くても3時間前の10時半には到着していなければならないし夕食もすませておく必要がありあまりゆっくりもしていられない、国道273号線で平取町経由で「むかわ四季館道の駅」で入浴し汗を流し苫小牧港に向かうことにする。
ところが平取町で義経神社の看板が飛び込んできてまた寄り道をした。
                                             平取町の義経神社
                                              いよいよ帰京へ 
7月13日

12日夜は苫小牧港で夕食をとり明日の食材を購入するべく近くの大型ス−パ−イオンに行ったが、室蘭本線を挟んで反対側にあり何キロも走らないと渡れず途中から土砂降りの雨となり道路は混雑、乗船手続開始手続きには余裕はあり港ではのんびり車内で過ごせると思っていたが、慌ただしく乗船開始となる。
私は大型トラックドライバ−専用のベッドであったが、娯楽室等は立入ることはできなかった。
大洗港への到着は夜の7時45分であり下船してからすぐに走ることもあり就寝となる。
波は穏やかでほとんど揺れなかったが、途中何度となく起きては艦内をウロウロする、夜便は一般乗客らしき人は少なく女性と子供はほとんど見かけなかった。
船は大洗港に定刻到着し、その後は高速に乗り午後11時過ぎに無事自宅に帰る。

午前1時30分出航

ようやくフェリ−に乗船

本殿近くまで車で行ける

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自動販売機の軽食類

北海道になぜ義経神社があるか不思議であったが、下段の「平取と義経」や「義経にまつわる伝説の多いわけ」を読むと数奇な運命をたどり、歴史に残る部分も謎が多く伝説に満ち溢れた義経を簡単に死なせたくないと言う民衆の気持ち・理想の支配者としての東北の武士・鎌倉幕府を倒すことを期待した公家・神のように敬われていたアイヌ民族等・よる義経生存逃亡説が英雄となり日本全国で様々なエピソ−ドが残るらしい。

このような大きな(重さ23t)
さざれ石はみたことがない

サロン室

静御前の石碑の前で

コップ・箸・フォ−ク等も完備

義経神社参道

艦内のいろいろな設備

波は穏やか

義経伝説が多いわけは

義経神社のの幟
が本殿まで続く

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東京ではとっくに終わったアヤメが満開

大洗港

義経資料館