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2003.7.14
『デジタル・メディア社会』 水越伸
(2002年、岩波書店)
現状、自分自身の社会的な生活状況はお世辞にもいいとは言えませんが、
こういう風に、自分の興味ある分野について本を読み耽ったりすることが出来るのは、
一つメリットといえるかも知れません。バイトで読む本とはまた違い、
この手の本は色々考えることも多いし。
まあ大雑把に言うと、インターネットやデジタルのコミュニケーションツールの普及以降、
従来の(現在進行形の)マス・メディアを中心とした社会状況がどのようになっていくのか、
またそこにおいて「メディア・リテラシー」というのがどのように活用されるべきか、という
21世紀の社会をメディアという側面から展望した本です。
「インターネットのマス・メディア化」とか「多文化・複合的メディア・リテラシーの必要性」とか、
そこに置いて中心になるであろう「メディア表現への欲望」と「シンパシー」についてとか、
まあ個人的に興味深い含蓄が多い本でしたが、同時に違和感を感じる部分も多かったですね。
この手の本を読んだり、いわゆる「知識人」のインターネットなどのニュー・メディアについての
発言を聞く度によく思うのは、インターネットの意義について、
「個人が情報を発信することが出来る」=「個人がマス・コミュニケーションツールを持つことが出来る」
という点をしきりに強調しているところとでも言いましょうか。
確かに、それは非常に意義深いし重要なことだと思うけれど、果たしてそれだけでしょうかね?
じゃあこの自分のサイトの様な個人サイトなんか、
やっぱり誰かが言った様に「ゴミ同然」ということになるんでしょうか?
確かに日頃マス・メディアに関わっていて、自分の主張や見解が検閲・編集される状況を
快く感じていない人達や、社会的に発言したいことがあってもその場を持たない人達は、
自由に、制約無くそれらをぶちまけられる場所としてのネットって非常に魅力的だということは解るんですが、
そうではなく例えば毎日ただ自分の日記を公開して、身の回りの人達と掲示板でコミュニケートして、
という行為ってじゃあどう考えたらいいんでしょうかね?
「社会は大きく変わる!」みたいな言説に、「はいはい。」って思ってしまう部分って、そこなんだよなあ。
あ、でもそれはこの本だけじゃなくて、色々読んでて感じることであって、
この本自体は結構スラスラ読めるし、この手のことに興味のある人にとっては買う価値あると思いますよ。
ってなんかやけにフォローじみた結びだなあ、、、。別に俺に印税が入るワケじゃないのに。。。
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