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(↑一昨年の今頃この山に登ったっけ。撮影は2003年5月の始め。)
8.29.thu.2003
不規則生活が続いている。まあ、バイトのせいもあるのだけれど。とにかく元に戻さないと。物事を計画通りに進めるのは、本当に大変だ。。。
8.25.mon.2003
今年の夏はノークーラー宣言をしているので、自室の冷房は何があってもつけない。が、あまりにも暑いので、自室にいることが出来ず、かといって地元の図書館の読書室はPC使用禁止なので、わざわざ大学に勉強しに行った。
が!
なんと今日はオープンキャンパスだったらしい。次から次へと子供(高校生らしき人達)がやってくる。いくら冷房が効いていても、これじゃあ気が散って勉強どころじゃない。それに人がたくさん来るからか、冷房の設定温度も低くてやたら寒いし、、、。というわけで早々に引き揚げてきてしまいました。交通費と時間の無駄だった。。。これでノルマは達成できるのだろうか、、、不安なり。
8.24.sun.2003
あぢ〜〜〜〜〜、、、、、。
夏は剣道の季節じゃね〜よ。まぢで無理。。。ってか、まさか昨日から夏が始まったのか!? ということはこの暑さはこれからが本番なのだろうか、、、? なんてことまで考えてしまう。暑い。。。
8.22.fri.2003
密かに復活。1ヶ月半以上経っただろうか。復活させた理由は、以下のことを書いて、このやり場のない鬱憤を晴らすためだ。
世の中には、逆さまにしても成り立つ命題(「互いに真」という)と、通常の状態では成り立つが、逆さまにすると成り立たなくなる命題(「一方が真、一方が偽」という)がある。例えば前者は「信号が赤ならば、渡ってはいけない」というようなこと。これを逆にすると「信号が赤でないならば、渡っても良い」という風になり、これはどちらも正しい。
しかし、世の中こんな都合の良いことばかりじゃない。実際には後者の方が多いのである。
その一つが「お客様は神様」という言葉。これを逆にすると、「お客様でない人は、神様ではない」。??? 何か奇妙な言葉だ。これの真偽を判定することは出来ない。人によって敬意の対象は異なるから、この言葉の主語によって真偽は変わってくる。つまり、この命題には主語が足りないのである。
では、この命題の主語は何か? それはもちろん、「ホスト=接客者」である。平たく言うと、「接客者にとって、お客様は神様だ」ということだ。こうなると、この命題はある意味正しい。例えばコンビニ店員は、お客さんに対して粗雑な対応をしてはいけない。つまり、「神様と思って応対しなさい」ということである。当然の態度だ。しかし、世の中の多くの人は、これが主語を入れ替えても成り立つと思っている。つまり、主語を「ホスト=接客者」から「ゲスト=お客」に切り替えた場合、「お客にとって、お客は神様、つまり自分は神」ということになるが、これも成立すると思っているのである。断じて言うが、これは大間違いである。
何故かというと、接客者は自分に利益をもたらしてくれる人間=客を丁重に扱うのは当然のことであるけれど、だからといって客の側が自分の方が地位が上だと思うのは、ただの勘違いだからである。双方とも同じ人間で、人間に相対する場合の最低限のマナーを逸して相手に接することは、もはや人間のすることではないからだ。お客だからというだけの理由で尊大に振る舞うことが許される根拠はどこにもないし、どんな理不尽も許される理由にはならないのである。大体、敬意やホスティリティ(敵意)というものはそもそもキャッチボールによって成り立っている(これは絶対にそうだと思う)ので、相手が敬意を投げれば投げられた側は同じかそれ以上の敬意を投げ返すであろうし、敵意の場合もこれはまた然りである。人間同士のコミュニケーションに、礼節を逸して許される状況など、ありえない。なのに、それが理解できない輩がやたらに蔓延っているのを目の当たりにすると、「こいつらマジで全員まとめて無人島に送り込んで、お前らだけでどうにか暮らしてくれ」と心から思う。
何が言いたいかというと、今日は夜勤で2回も理不尽な客に絡まれ、今現在メチャメチャアドレナリンが出まくっていると言うことです。以上、支離滅裂な文章。寝る。
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