先日、テレビでイジメについての番組をやっていた
そこでイジメについて少し考えてみた
人の心は、同じものなんてない
相手の好きなところもあれば、
イヤなところ、ムカつくところもある
尊敬できるところもあれば、
卑しめたり、見下したくなるところもある
人は分かり合えないのだから、
そこで不和が生じるのは当然のことだろう
結局イジメは、起こるべくして起こるのだろう
僕が小中学校のころからイジメが問題として取り上げられてきて、
よく、「イジメる側」「イジメられる側」、どっちが悪いのかなど話されてきたが、
そんなことを話し合ったからといって、結局イジメはなくならないんだと思う
そしてその話をもっと大きく見れば、
人種差別、
男女差別、
民族紛争なんかも同じことなんだと思う
これらは、人が一人一人違う限りは、永遠になくならない問題なのかもしれない
先日見たイジメについてのテレビで、
イジメにあって自殺した少年の話があった
短い遺書だけ残して、首を吊った少年
悲しみに暮れた少年のご両親
僕はその話を聞いて、中学校のK先生のことを思い出した
K先生は数学の先生だった
もう退職も近い年齢で、
白髪交じりで、強面(こわもて)で、厳しい先生だった
ある日、中学校で、
イジメについての集会があった
そこでよくあるような「イジメはいけない」みたいな話を聞かされていたら、
後に、あのK先生が呼ばれて、みんなの前で話を始めた
K先生は少年時代の話を始めた
K先生には弟がいて、
その弟さんがイジメを苦に自殺した、という話だった
みんな、茫然とした
K先生は目を潤ませて、当時の話をしてくれた
そして最後に「イジメはいけない」と言っていた
それからも変わらずK先生は厳しい先生だったけど、
「Kティーチャー」と呼ばれて、何故かみんなに親しまれていた
僕は、K先生が配るプリントの裏によくマンガを描いていた
いつしかK先生が配るプリントは、Kプリと呼ばれていた
そして僕らが中学校を卒業するごろ、K先生は退職なさった
とてもいい先生だった
これを読んでる人は、「イジメはいけない」と思ってるだろうか?
もしいけないのであれば、何でいけないのだろうか?
話はまた中学の頃になるけど、
当時担任だったM先生が、
「人生において一番大切なことは、
死んだとき何人の人が泣いてくれるか、だ」と言っていたのを覚えている
とてもいい言葉だと思う
僕はそれに少し付け足したい
「死んだとき、何人の人があたたかい涙を流してくれるか」
イジメについてある極端な話を考えてみる
「イジメる側が死んだとき」
「イジメられる側が死んだとき」
どっちがあたたかい涙を流してもらえるだろう
命に重さはないのかもしれないけど、
僕は、後者だと思う
それは同情とかそういった類のものかもしれない
あたたかい涙ではないのかもしれない
けど、K先生があのとき、僕らの前で流した涙は、
きっとあたたかかったんだと思う
理由はよく分からないけど、
きっとそうだと思う
結局イジメる側が悪いのか、イジメられる側が悪いのかはよく分からないけど、
「イジメはよくない」ってことだけは言える
そして、死ぬときはより多くの人に、
あたたかい涙を流してもらった方がいいってことだけは、確かに言える
僕らは不安定な心をもって生きている
明日死ぬかもしれないし、
あさって自殺するかもしれない
けどそんな不安定な心でも、
確かなことはあったりする
そんな不安定な心でも、
信じられないようなあたたかい涙が流れたりする
僕らはあたたかい涙が流せる限りは死んじゃいけないし、
あたたかい涙をより多く流してもらえるように、
1日でも多く生きなくちゃいけない
・・・そう思って僕は、
また明日も生きてみようと思った
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