ええ、今回はボケなしでマジメな話でもしようかなと思います
ふと目が覚めると、夜の10時前でした
その日は朝から『君の悲しみを僕のかさぶたに換えて一緒に剥いでしまいたい』という曲(名曲)を書き、
7時ごろに晩飯のさんまの丸焼きとお茶漬けを食し、
そのままウトウト昼寝、いや昼じゃないから昼寝じゃないんだけど、
とりあえずうたた寝をしてました
そして目が覚めると夜の10時
僕は寝ぼけ眼で、そこに僕一人しかいないのを確認すると、
「あぁ、目が覚めたら目の前に加護ちゃんがいて、
『おはよ。まだ寝ててもいいんだよ』って言われて、
僕は『もう眠たくないも〜ん』って言って加護ちゃんに抱きついて、
加護ちゃんは『も〜、子供なんだから』って言って笑う
・・・そんなことにならないかなぁ」
とか思うと、なんかちょっと切なくなってしまいました
まぁそんな感じでまだ寝ぼけた状態で布団の中に入ってテレビを見てみたら、
プロジェリアの子についての番組が始まりました
みなさんは、プロジェリアってご存知でしょうか?
プロジェリア・・・
それは、800万人に1人の割合で生まれるといわれている難病
普通の人の10倍の早さで老化が進む、早期老化症のことです
僕は以前にもなにかのテレビ番組で見て、プロジェリアについては知っていました
今日は改めてそのとき思ったことを書いていこうと思います
その番組に出ていたのは、アシュリーという14歳の女の子
プロジェリアです
プロジェリアの子は、背がほとんど伸びません
肢体も細く、
頭や目は体に比べて大きく、
髪の毛はほとんど生えません
そして筋肉もあまりつかないから、激しい運動も出来ません
つまり内面は子供であって、体はおじいちゃん、おばあちゃんなのです
そしてそれはパッと見ただけで、普通と違うというのが分かります
アシュリーは普通の小学校に通っていました
プロジェリアといっても知性や感受性は普通の子供なのです
しかし子供というのはなかなか残酷ですから、
きっと誰かの心無い言動で傷付いたこともあるでしょうし、
自分で自分がイヤになったこともあるでしょう
しかし、アシュリーはいつも前向きに、
人生を楽しんで生きていました
アシュリーには、ジョンというボーイフレンドがいました
彼はアシュリーより2つ年上の、プロジェリアの男の子
ジョンは音楽が好きで、ドラムがとても上手でした
ギターも弾けて、作曲もしたいと言っていました
もちろん彼もプロジェリアに対して前向きで、
アシュリーよりも年上ということもあってか、生きる姿勢がとてもカッコいいのでした
ロックンローラーでした
アシュリーはそんな彼に恋していました
アシュリーとジョンは家が遠く離れていて、たまにしか会えません
久しぶりに会ったときは、特に何をするでもなく、
ずっと手をつないで話をし、
外が寒いと、二人は体を寄せ合って、お互いの体を温めていました
(プロジェリアは心臓にかかる負担なんかも、普通より大きくなるそうです)
ジョンと一緒にいるときのアシュリーは、
とても幸せそうでした
しかしジョンは、去年3月に亡くなりました
享年15歳
プロジェリアの子の平均寿命は13歳といわれる中、
15歳というのはとても長寿でした
彼は生前、
「人生は生きた長さじゃなくて、生きた過程が大事なんだ
『僕はなんて不幸なんだ』と言って毎日悲しいパーティーを送るか、
毎日少しずつ前進して、人生を意味あるものにするかどうかなんだ」
というようなことを語っていました
ロックンローラーでした
アシュリーはジョンが亡くなった後、少しだけ泣いて、
しかし前向きに生きていました
そしてアシュリーは現在14歳
いろんな困難も乗り越えて、
中学生になりました
・・・という内容の番組でした
僕は例のごとく、泣いてました
それは、アシュリーがとても健気だったからじゃありません
ジョンがとてもカッコよかったからでもありません
自分の心が醜いなぁと思ったからです
僕はプロジェリアの子供に会ったとき、
笑顔で「こんにちは」と言って握手が出来るかと考えたとき、
僕は正直、自信がありません
少しためらうかもしれないし、
もしかしたらイヤな顔をするかもしれません
そう考えたとき、
アシュリーやジョンと比べて僕はなんて醜いんだろうと思って、
布団の中で泣いていました
・・・ホントは僕も、彼らの気持ちが、
少しだけ分かるはずなんです
あまり他人に言わないようにしてましたが、
僕は小さい頃、心臓を手術しました
病名は忘れてしまいましたが(←テキトウ過ぎ)、
先天性の、生まれながらに心臓の心室か心房(またテキトウ)に小さい穴が開いているというものです
生まれてすぐにどうにかなるというものではないのですが、
ほうっておいたら20歳ぐらいには死んでしまうらしいのです
といっても難病というわけでもなく、手術をして穴を塞げば命に別条はないということでした
そして僕は小学校3年生になり、
ほどほどに体力も付いてきたころ、手術を受けました
難しい手術じゃないとはいえ、
皮膚や筋繊維を切り心臓をむき出しにし、元に戻すということは、
なかなか軽いことじゃありません
僕は手術台に乗せられ、ヘンなガスを吸わされ、
目が覚めたら、胸には痛々しい傷があり、お腹にヘンな管みたいなものが何本か通っていました
術後、あまり覚えてないんですが(無意識のうちに記憶から消されたのか知りませんが)、
僕はそれから何日か、ずっと苦しんでいたそうです
寝ているときも、ずっとうなされていたそうです
(その辺のことはあまり覚えてないんですが、病室はやけに暗かったことだけは覚えています)
それから何週間かそのまま入院してたわけですが、
それはそれは、退屈でした
小学3年生の男子にとって、何週間も病室でジッとしてろというのは地獄でした
そして一番イヤだったのが、2日に1回の採血
ただでさえ注射とか嫌いな僕にとって、2日に1回も針を刺されるという行為は耐え難い苦痛でした
僕はある日の採血が終わったあと、
母親に泣きながら言いました
「なんで僕だけ針を刺されんにゃいけんの?
なんで僕だけ外に出ちゃいけんの?」
・・・そのあと母親がなんと言ったかは忘れましたが、
母親はよく僕が寝ているベッドに入ってきて、一緒に寝てました
病室のベッドはもちろん一人用なので、お医者さんに見つかったときちょっと怒られたりしてました
でもちょっと嬉しかったです
そして退院前日、
母親はマヨネーズご飯を食べさせてくれました
マヨネーズご飯・・・それは、僕は大好きだったけどウチでは絶対禁止されていた、究極のご飯
その日、母は退院祝いだと言って、
病院の味気ないご飯の上にどこから持ってきたのかマヨネーズをかけ始めました
院内でのそのあまりの大胆っぷりに、僕の方が戸惑ってしまい、
「こんなにかけてええそ?」と聞くと、
笑いながら、「ええんよ。モリモリ食べて元気にならんにゃいけんやろ?」と言ってました
病人には少々脂っこかったですが、
それは人生で一番おいしいマヨネーズご飯でした
・・・あ、スミマセン、僕、今、号泣してます
なんか久々に思い出したら、涙が止まりませんわ
まぁこんな感じで無事退院できまして、
手術の痕は一生残るだろうけど、後遺症とかも何も無く、
運動でもなんでも普通に出来るようになりました
ときどき心拍がヘンな気がしますが(パプワニューギニアあたりの太鼓のリズムのような)、
でもまぁ20歳を超えても死んでないってことは大丈夫ってことでしょう
昔は定期的に検診にも行ってましたが、もう4,5年は行ってません、お金取られるだけです
えぇ、この話はこれまで、友達はおろか田舎の学校のメンバーにもちゃんと話したことがなかった話なんですが、
実はあまりしたくありませんでした
なんか、同情されるのがイヤだったんです
可愛くない男ですね
だから学校のプールの授業とかも少しイヤでした
みんなに手術の痕を見られて「どうしたん?」って聞かれたらいちいち答えるのがめんどくさかったんです
だから僕はそんなとき、なにかテキトウなことを言って、あんまり同情されないようにしてました
イヤラシイ男です
そんな僕がここでいきなりそれを公表してるのは、大した理由なんてなくて、
まぁ、なんとなくです
だって、
プロジェリアに比べたら、なんてことはないんです
アシュリーやジョンが背負ってきた同情に比べたらね
そして僕はときどき思うんです
あのとき手術してなかったら、今頃死んでるのかなぁって
そしたらなんか今生きてる自分がスーパーマンみたいな気がして、
なんかなんでも出来そうな気がするんです
「オレはもはやシンゴを超えた!!スーパーサイヤシンゴだ!!!」って
なんか、この先どんな怖いことがあっても立ち向かっていけそうな・・・
バカみたいでしょ?
でもホントなんです
ホラ、
胸に手を当てたら、聴こえてくるよ
ヘンテコなリズムで、
でもしっかり鳴っている心拍
あなたも胸に手を当ててみてください
しっかり鳴っていますか?
弱々しく鳴っていますか?
いずれにしても、僕やあなたの心臓は、
「毎日毎日悲しみ、泣きなさい」とは言ってないはずです
・・・僕には、
「お前は本物のロックンローラーになるんだ!!まだまだ死ぬんじゃねぇぞ!!」って聴こえます
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