今日学校が終わって、
帰りに中古CD屋に寄った
何を買うでもなく、
ぶら〜っと行って、いいのがあったら買って帰ろうと思っていた
立ち寄ったその店には、ゆずのデビューアルバム(事実上サードアルバム?)『ゆず一家』が置いてあり、
懐かしくて買ってしまった
ゆず一家のとなりにあったインディーズ時代のアルバム『ゆずマン』も一緒に買って帰った
そんでもって、今家で聴いてます
一人で泣きそうになっちゃった
へへへ
いろんなことを思い出しちゃったのさ
ってことで今日はそんな僕の思い出話をしたいと思います
ローカルネタで、ほとんど身内向けです
スミマセン
・・・僕がゆずの歌を初めて聴いたのは、中学のころでした
実家にいた頃、
深夜はテレビは父ちゃんが見てて「子供はもう寝ろ」みたいな感じで、
僕は必然的にラジオっ子になっていきました
ミュージックスクウェア
山田ひさしのラジアンリミテッド(だったかな?)
オールナイトニッポン
KBCラジオ、おタコのクセに!(ローカルだね)
その他、番組名はよく思い出せないけど、日曜のTOKIOのリーダーがやってたのとかも好きでした
僕はラジオが大好きでした
FMのオシャレな感じも、AMのちょっとノイズがかったような音も好きでした
好きな曲とかテープに録りまくってました
そんな中学時代に、ラジオから何気なく流れてきた『夏色』
ゆずとの出会いでした
僕は初めラジオのパーソナリティーが「ゆず」って言ってるのをちゃんと聞き取れなくて、
「U'z」かと思って、B'zのパクリかよって思ったりしてましたが、
その呆れるぐらいの爽やかフォークソングは、一発でギター始めたばかりの少年を虜にし、
僕は次の日の学校で、「ねぇねぇ、U'zって知っちょる?ぶりええけぇ!!」とか騒いでました
後日、確かマーヤンに「U'zじゃなくて『ゆず』やろ?」って指摘されました
こうしてゆずと出会った僕は、音楽雑誌を調べたりして、ゆず情報を集めました
今でこそ有名人になってますが、そのころは雑誌での扱いもちっちゃく、
名前と説明がちょろっと書かれてるだけでした
けどそのちょろってゆうのを見つけたときがなんとも嬉しくて、
有名になって欲しい反面、ずっとそのままいてほしいとか思ってました(よくあるパターンね)
それから僕は友達にゆずを勧めまくって、CDを買わして、
それを借りて聴きまくってました(エ〇マッチャン、ゴメン)
特にゆず一家は初めに聴いたってのもあって、大好きでした
そのころ僕とアミちゃんは「2人でゆずのマネみたいなんしよう」って言って、
『少年』のハモリの練習とかを始めました
中3の夏でした
応援団に入っていた僕らは、
その練習後とか、ずっとゆずの話とか、その真似事をしてました
部活(ソフトテニス部)中もラケットをギターみたいにしてバカみたいに歌って、ウキャウキャ騒いでました
そして女子テニス部員のケツばっかり追いかけてました
女のコとゼンゼンしゃべれないくせにね
青春です
よくよく考えると僕らがコンビを組んだのもモテたいためとか、そんな感じでしたね
バカぽんたんです
青春です
それから僕らは授業中とか塾の間に、
勉強そっちのけでコンビ名を考えてました
そして付いた名前が、『ろば』!!
路上バンドの略だそうですが、
今となっちゃ恥ずかしいったらありゃしない
(ちなみにこのときライバルコンビ『しそ』や『Xっちょ』が現れましたがすぐに消えました)
僕はブルースハープも買いました
しかしベンドっていう奏法を知らなかった僕は、
「半音が出ない!!」って言って楽器屋のおばちゃんに文句言いに行きましたが、
「フォークやりたいならそれを吹いていなさい。そうすれば道は開けるわ」って教えてもらいました
おばちゃんありがとう(まだ開けてませんが)
それから僕は学校の帰り道、そのハーモニカをピーピーぴーぴー吹きながら帰りました
アミちゃんやみんなと、ろばの今後についてワイワイ話しながら帰りました
それから僕は必死に耳コピなんかして、ギターをかき鳴らして、
ゆずの真似事もだんだんそれっぽくなってきました
そして僕は、オリジナルの歌を書き始めました
数学のノートはかわいそうなことに、秘密の歌本になってしまいました
ちなみに初めて書いた歌は『花』と『カレーパン』ってゆう歌(今でも大体覚えてる)
花は「ふめ〜ふめ〜思い切り〜」って感じで、
カレーパンは、パン屋の娘に恋して「ぱんぱぱぱぱ〜んぱ〜ん」って歌うラブソング(たしか)
アミちゃんに初めて聴かせたとき、「カレーパンはなしやろ」と言われました
まあ確かにありかなしかって言えば、なしです
(その後僕らはお互いの誕生日にカレーパンを買ってあげるという謎の風習を生み出します)
それから僕は歌を書き続けていくうちに、だんだんそれっぽいものを書けるようになっていきました
『梅雨』という歌を書き、ろばの代表曲みたいになりました
そのころアミちゃんから、ゆずのインディーズ時代のアルバム『ゆずマン』、『ゆずの素』を借りました
中でもゆずの素に書かれてある「ゆずの歴史」を読んでコウフンしました
「この人たち、俺たちとゼンゼン変わらんやん!!普通の人やん!!」
「俺たちも頑張ったら歌手になれるんじゃん!!」とか言ってました
それからろばは、マーヤンちとか、パチンコ屋の駐車場でレコーディングしたりしました
イッチョ前にデモテープなんか作ったりして、友達に100円で売ったりしてました
(今思えばきっと100円も価値はないですが、まぁ元のテープ代ということで)
それから中3の冬が来て、
あっという間に年も明け、
義務教育ももう終わりに近付いてきました
いつも一緒につるんで、いつも一緒に帰っていた友達たちは、
その1日1日をだんだん名残惜しむようになってきました
「もうすぐみんな別々の高校に行って、
こうやって一緒に帰ることもなくなるのか」と思うと名残惜しくなって、
でもみんなあんまり寂しいとかは言いませんでした
まぁ男同士だし、恥ずかしかったんでしょうね
そんな折、いつも通りパチンコ屋の駐車場でレコーディングをしていると、
「卒業する前に何か作ろっか」ってことになって、
アミちゃんが即興で詞を書いて、僕がそれに即興で曲をつけて、
『ダチ』という歌ができあがりました
30分そこらで出来た歌でしたが、名曲でした
最後にはろば以外のみんなも合唱し、レコーディングが終了しました
その日の別れ際にジュンちゃんが何気なく言った、「オレら『ダチ』やろ!?」って言葉、今でも忘れません
(ジュンちゃんは忘れちゃったろうな?)
こうして僕らは中学を卒業し、高校に進みました
アミちゃんとは同じ高校で、その後も一緒に弾き語りとかしたりしてたんですが、
ろばとしての活動はなんとなくお休みになりました
(まだ解散はしていない)
・・・とまぁ、これが幻のフォークデュオ・ろばの歴史です
細かく見れば「シンゴとアミちゃん仲違い事件」とか、「第3のメンバー問題」、
「文通の返事が返ってこなくなる事件」なんかもあるんですが、まぁ省略
しかし、なんですねぇ
青春ですねぇ
こうやって文章にするとカッコよく見えるかもしれませんが、
まぁ実際はもっと安っぽくて、鼻水垂らしたガキンチョの話なんですけどね
美化ですよ、美化
けど今年の夏、
久しぶりに会ったマッチャンが、深夜の公園で突然『梅雨』を歌い出したりしたんですよ
「ジメジメしてる6月〜」って
それに合わせてアミちゃんも歌い出しちゃって
で僕は歌わずに見ていたら、2人が「おい、シンゴぉ!!もう忘れたんかぁ!?」って言ってきて
あんとき僕は忘れたフリしてたけど、
ホントはめちゃくちゃ覚えていた
ギターもまだ弾けるよ
でもなんか、恥ずかしいやら、嬉しいやらで、
歌えんやったんよね
ゴメンよ
・・・僕はあれからも音楽を続けて、いろんな曲を書いている
きっとあの頃とは比べ物にならないぐらい完成度が上がってる(と思う)
けど音楽をやってて、ホントによかったなって思えるのは、
卒業前にみんなで『ダチ』を歌ったときであったり、
深夜に久しぶりに会った友人に『梅雨』を歌ってもらうときなんだと思う
結局音楽なんて、どうでもいいものなのかもしれないなぁ
そういう感じを感じるためにやってたのが音楽だったってだけでさ
・・・まぁいいや
アミちゃ〜ん、元気か?
来年は就職やろ?
何かと大変やろうけど、がんばれよ
そして10年後ぐらいにまた梅雨歌ってくれよ
マーリンズ、元気か?
冬は帰ってくるそ?
オレと会うときはタンクトップやめれよ
エモちゃん、元気〜?
エモちゃんとはちょくちょく電話しよるけどさ
早く伝説作れよ
ジュンちゃ〜ん、元気か〜い?
オレは最近髪の毛がキリストみたいやけど、一応元気にしちょーぜ
すったもんだあるけど、オレはさ、まぁ大丈夫やけ、
ジュンちゃんはジュンちゃんが「こうしよう」って思ったことをしー
人殺しとパイプカット以外なら何でも応援するけーさ
マッチャン、カズ、そのほか宇部のみんな、
年末年始、会えたら会おうぜい
シーユーネクストリターン!!
そんじゃ、また
「冷たい風に吹かれて
パチンコ屋の駐車場でサッカーする友人たち
3円玉ひろって喜んでる
そんなつまんねぇことで笑ってた
これからも仲良くやってください
大したこと言えないけど
それぞれが変わってる人生だから
楽しくやろうじゃありませんか
ラララララララ・・・」
(『ダチ』より)
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