今月の14日、バイトの休憩時間
何気なくケータイを見たら、不在着信と、メールが入ってたよ
母さんから、
「父さんの容体が悪くなったから、早く帰ってきてくれ」って
あんまり他人には言わないようにしてたけど、
ボクの父さんは、ずっと前から体調が悪かったんだ
2年ぐらい前に、癌が転移して、
1年ぐらい前には、もう歩くのもやっとの状態だったんだ
何度も手術をして、リハビリもしてきたけど、なかなか回復には向かわなくて、
日を追うごとに体調はどんどん悪くなっていって、
今年に入ってからは医者にも、もう長くないって言われてた
ボクは、辛かったよ
悲しかったよ
何度も福岡の狭いアパートの中で、涙を流したよ
でも一番辛かったのは、父さんだったんだ
実家に帰るたびに、顔がやつれてきて、
手足が細くなっていくんだ
手術も辛かったろうし、リハビリも辛かったろうし、
何より辛かったのは、自由に、思ったように動けないことだったろうな
運動が好きな人だったから、
走れなくなる、自分の足で歩けなくなるのが、一番辛かったのかもしれない
「ベッドの周りを走り回る夢をよく見る」って言ってたそうだよ
その父さんが、もうほとんど、意識がなくなってきているって
バイト中に知ったんだ
ボクは、予感はしていたよ
こんな日が、こんな風にくることを、なんとなく予感していた
だから、意外と冷静だった
ボクは早々に仕事を終えて、
ダッシュで駅まで向かった
新幹線に乗ったよ
新幹線に乗るのは、大学受験のとき以来だった
いつもの鈍行より1時間ぐらい早く駅に着いて、
それからすぐに病院に向かった
病室に入ると、
眠ったまま、全身で息をする、父さんがいたよ
父さんとその前に会ったのは、11日、ボクの誕生日のときだったよな
それからまだ3日しか経ってなかったけど、そのときと顔が違ってた
あと何時間の命だってことは、見ればすぐに分かった
ボクはそれから父さんの横に座って、
ずっと、うちわで扇いであげてた
朝方、「暑い、暑い」って言ってたらしいから、
ずっと扇いでたよ
手を持つと手はまだあたたかくて、
ときどき痙攣したように握り返してきた
父さんはときどき目を覚まして、
意識も朦朧としたまま、「えらい、えらい(=辛い)」と言っていた
息は詰まって、のどは嗄れて、
見てるこっちが苦しくなってきた
「なんで何も悪いことしてないのに、
ウチの父さんが、こんなに苦しまなきゃなんないんだろう」って思うと、
胸が痛くなって、
涙が溢れてきた
あんなに一人で泣いてたのに
覚悟は、してたはずなのにさ
父さんはそれから、夜中もずっと、苦しんでいた
ボクはうちわで顔を扇ぎながら、
命のマラソンを見守った
ボクは、人生は、マラソンに似てると思う
「生まれる」というスタートがあって、「死ぬ」というゴールがあって、
一つの命が、その長い道のりを走っていく
父さんは、その長い長いマラソンの、ラストスパートに入っていた
ボクはときどき仮眠を取りながら、
夜通し、その命のマラソンを見守った
外は曇って、小雨が降る
静かな病室に、涼しい風が入る
時間はこれ以上ないほど、ゆっくり流れ、
その中で父さんは、全力で走っていた
ボクは、鼻水が止まらなかったよ
何時間経っただろう
もうじき夜も明けてくるというころ、
父さんの呼吸が、急に穏やかになってきたんだ
どんどんどんどん穏やかになってきて、
それまで苦しんでいた姿とは打って変わって、
安らかな表情になってきたんだ
ただその呼吸の間隔は長く、
時間を追うごとに、どんどん長くなっていった
ボクは家族を起こして、
みんなでベッドの周りを囲んだ
どんどんどんどん呼吸は小さく、間隔は長くなっていく
もうすぐだって、みんな分かったよ
なんとなく、分かったんだ
そしてみんなで父さんの手を取って、顔や体に触れ、
「苦しかったね、よくがんばったね」
「ゆっくり休んでね」って、口々に言ったんだ
みんな涙を流しながら
「今までありがとうね」って
「これからみんなでがんばっていくからね」って
そしたら、父さんの目からも、涙が出てたよ
死ぬ間際の人は、自然とそうなるものなのかもしれないけど、
耳だけは最後まで聞こえてるって、よく言われるから、
もしかしたら、ボクらの言葉を聴いて、泣いてたのかもしれない
間もなく父さんは、
小さい呼吸を一回して、
その後、静かに息を引き取った
15日の明け方、5時
とても安らかな死に顔だったよ
・・・
人が死ぬということは、悲しいことだ
それは、紛れもない事実だよ
でも、ボクは、かわいそうだとは思わないよ
人は父さんのことを、かわいそうと思うかもしれない
一般的に見たらまだまだ働き盛りだし、まだまだ人生これからってところだろう
だけどボクは、かわいそうだとは思わない
むしろなにか、晴れ晴れして、妙に気持ちがいいんだよ
いろんな人に愛されて
いろんな人に応援してもらって
うちわで扇いでもらって
家族みんなに見守られて
手も握ってもらって
最後は、みんなで手をつないで、一緒に走って
最高のゴールだったんじゃないかなって思うよ
普通のマラソンだったら、反則だもんね
幸せか不幸せかなんて、人が決めることじゃないよ
だけど、ボクが勝手に決めるとしたら、
きっとそれは、幸せだったんだと思うよ
天国の父ちゃんへ2
上のボタンを押して一言感想いただけるとうれしいです
このために日々更新しています
もどる