7月20(土)13:00〜同日22:27
訪れた場所:
龍門石窟 60元
白園 10元
関林廟 25元
朝8:02に西安を出発。
今回も「無席」。
この日はこの前より混んでたけど、最後の車輌の一番奥に席を見つけてなんとか座れました。
そのとき違う席に座ってた老夫婦が「席換えてくれませんか?」って言ってきました。
ぼくはもともとどこでもよかったのでもちろんOKしました。
でも向かいの体育会系の青年の体臭がちょっとくさかった…。
そんなときさっきの老夫婦がなんと桃を2個くれました。
この桃の香りのおかげで青年の体臭も解消!
なんか昔話みたい。
13:00洛陽に到着。
でもなんか駅にも街にも人が少なく、なんか活気がない。
客引きも全然しつこくない。
こんな都市中国で初めてです。
他の駅の写真と比べると人が少ないのがわかります。
で、駅前から開放路を通って一番の大通りである中州中路へ行って「龍門石窟」のバスを待つ。
でも街のど真ん中なのにどうも賑わいがない。
でっかいビルもデパートも全然ないし。
通りがかりの人に「龍門石窟」行きのバスがどこにあるか聞いたら、どうやらこのへんにはないみたいで、結局ちょっと戻ってバスに乗りました。
このバスがまた遅い!
客が3人しか乗ってなかったからずっと客引きばっかりしてて一向に進まない。
さっさと行ってくれよ〜!
結局50分ほどかけて到着。
バス停のわきから階段を下りた川辺にあるのが「龍門石窟」。
この「龍門橋」をくぐると入り口の門が。
入場料が60元と高い。ちなみにガイドブックには5元って書いてありました…。
中に入ると想像通りの壮大な風景が。
こんな石窟が無数にありました。
右の写真の石像、頭がないです。ここの石像の半分以上がなぜか頭や手足がなくなってました。
見た目からして明らかに人為的なものです。
どうしてこんななってるのか理由を聞こう聞こうとおもってたのに、結局忘れちゃいました…。
あとで先生にでも聞いてみよう。
そして半分を過ぎたころに「龍門石窟」のなかでも最大規模を誇る奉先寺の「磨崖仏」が。
17,14mという大きさです。やっぱりすごいスケールでした。
これが見たくて洛陽に来たのです。
このあと歩いて最後まで見た後、出口を出て橋を渡り、川の対岸へ。
この出口のとこに土産売りがいたのですが、あれ買えこれ買えとぼくについてきました。
あんまり相手にせずに橋を歩いてると、5元のちっちゃい置物を「じゃあこれ2元でいいや!」って言ってきたので、それだけ買いました。
他にもいろいろ勧めてきたけど物が大きかったので買いませんでした。
対岸から撮った写真。
そのあと「白園」へ。
この「白園」へ行く途中で「龍門泉」っていうなんかヘンな飲み物を飲みました。
ボトルがふにゃふにゃに軟らかくて、見た目はオレンジジュースです。
でも飲んでみるとファンタみたいな炭酸飲料。
でも原材料は「水、砂糖、ブドウ糖等」としか書いてない。
記すべき物がすべて「等」のほうに収められてる気が…。
ここは有名な詩人、「白居易」が隠居生活をしたところです。
お墓もこの敷地内にあります。
このへんでデジカメのスマートメディアがFullになって困っちゃいました。
いらないやつを消そうとおもってもいらないやつがほとんどないので、その中から惜しみながらも5枚ほど消去。
ここは見かけによらず結構大きかったですね。
中には「奇石館」なんて物がありました。
ほとんどが丸い違う色の斑点のある石で「月」とか「太陽」とか「日の出」とか。
タイトルがなきゃ月も太陽もいっしょにしか見えない。
その中の「毛沢東」っていうタイトルの石がバカみたいでした。
たしかに人の形はしてるけどどう見ても「毛沢東」ではない。
これだったら誰の名前でもつけられるっつうの!
「奇石館」を見た後「白居易墓」へ。
なんか日差しもやわらかく非常に落ち着いた雰囲気を感じました。
ホント安らかに眠れそうなところでした。
そのあとバスでちょっと戻ったところにある「関林廟」へ。
ここは三国志に登場する関羽の首塚があるところです。
しかしこのの入場料、チケットには「20元」って書いてあるのに、価格は「25元」。
しかも「25元」ってハンコまで押してある。
値段上げたんだったらちゃんとチケットも新しくして欲しいもんです。
この大きい関羽像は表情も厳しく、迫力ありました。
関羽が天に昇ったあと霊となってここに降り立ちこんな風にねじれてしまったという「旋生柏」。
勝手になんか真実味があるなぁなんておもってました。
見るとこ見たあと、夕方になると地元の人でにぎわうという「牡丹広場」へ。
春には牡丹の花が華やかに咲き乱れるそうです。
ところがここもなんか活気なし。
別になんもない公園。
とりあえずのど渇いたので道ばたの飲み物売りのところへ。
ここのおっちゃん、「これいくら?」って聞くと「two」なんてこたえてきました。
「じゃあこれは?」ってコーラの値段を聞くと「five」なんてこたえてきました。
どうやら姿を見て外人だとおもったみたい。中国語で聞いてるのに。
しかしこのコーラの値段、ボッタクッてます。
普通なら2,8元とか3元、観光地でも4元くらいなのに、こんな街中で5元もとろうなんて。
ここでも「くそ中国人!」と日本語で言って去りました。
そのあとうしろから「ちょい待って!サービスしてやっから!」なんていってました。
そんなんサービスなんて言わないっつうの!
まったく。
そのあと違うところでコーラ(3元)を買って、小腹すいたので「蘭州ラーメン」ってのを食べに行きました。
でもこのコーラ、おそらく「にせもの」だったとおもわれます。
味がなんか違うし、キャップに書いてある賞味期限の印刷がモヤモヤしてて読めない。
飲んですぐ「あれ?違う…」って感じました。
この「蘭州ラーメン」は厦門では「西北ラーメン」と呼ばれてて、ぼくの結構好きなラーメンです。
厦門から見れば「西北」だけど、そこへ行ってしまえばそこは「西北」ではないですね。
ちなみに日本なら「北西」になるのかな。
スープがなくて牛肉でつくったタレがかけられてるラーメンです。
じつはぼく、これが日本に進出すれば結構売れるのではないかとおもってます。
でも僕がみたことないだけでもうどっかに進出してるかなぁ。
本場だからきっとおいしいはず!とおもって食べたのですが、なんと厦門のよりまずい。
何よりも面の太さがバラバラ。
うどんとそうめんをいっしょにしたようなもんです。
ちょっとがっかり。
そのあと一番の大通りである「中州中路」へ戻りました。
なんか無性にデパートに入りたくなったのですが、いくら歩いても見つからない。
しょうがなく駅へ向かいました。
駅へ向かう途中もデパート、それから喫茶店とかネットカフェを探しながら歩いてたのですが、どこにも一軒もない。
まったく何にもない街でした。
留学生も中国人もまわりのみんなが「洛陽は別にいかなくてもいいんじゃないの」なんて言ってたのもわかる気がします。
これで今回の旅の旅程全部終わりです。
あとは22:27の電車に乗るだけです。
ところがホント街中にも行くところがなくて、19:00過ぎにもう駅についてしまいました。
スーパー行ったりして時間つぶしてましたが、歩き回ってると宿の客引きがウザイので、座って日記を書くことにしました。
前のところにも振り返って補充したり、いっぱい書きました。
でも書き終わってやっと20:30…。
あと2時間もある…。
しょうがないので近くに飯食いに行きました。
そして22:00くらいになったところで駅へ。
これから最後の関門、33時間の電車です。
しかも手元にある切符は椅子席。
まぁ乗ってから換えてもらえばいいや、と思ってました。
22:37になり、電車に乗り込む。
土曜であるせいか非常に混み合っている。
そしてホームで5分ほど待ち、電車が到着するとみんなわれ先にと乗り込む。
まだ下りる人が下りてないのに次々と乗り込んでいき、まさに混乱状態。
駅員はタダみてるだけ。
その混乱に巻き込まれながら心の中で「なんて民族だ…」なんておもってました。
いざ乗ってみると超満席。
「無席」の人は座る席がなく、床やトイレの前とかに座ってます。
ぼくは幸い今回は指定席。
そしてすぐにベッド席に変えてもらおうと7番車輌の「補票処」へ。
ところがベッド席がホントに一つも空いてないみたい。
15時間後に到着する「南昌」まではムリという。
ということで翌日13:40までの15時間、椅子席で過ごすことになりました。
椅子席での夜は最悪でした。
おそらく今までの人生の中で一番きつかった時間かも。
一晩中電気付きっぱなしだし、タバコ吸うやついるし、くさいしうるさいし…。
しかも席のないやつらが常に席を狙ってるからトイレいこうにもいけない。
いくら指定席の切符持っててもやつらには通用しなそうだし。
こんな中、バッグ抱きながら、バッグにあごを置いて寝てました。
でも首とか痛いしよく寝れませんでした。
朝5:30になると駅員が切符を確認しに来る。
こんな朝早くに来んなよ!
ちょうど寝付いてたところだったのでかなりむかつきました。
で、そのあとも寝たり起きたりしながら、13:40、何とか「南昌」へたどり着きました。
すぐさまベッド席に換えてもらい、ベッド席へ移動。
向こうに小銭がなくてお釣り5元損したけど、もうそんなんどうでもいいくらいうれしかったです。
まるで天国から垂らされたクモの糸をつかんだような気分でした。
しかもこの「南昌」で大半の人が下りたみたいで、結構人も少なく静かでした。
そこで悠々とパン食って椰子の実ジュース飲んで日記つけてました。
そして厦門へ着く翌朝7:03までの間ごろごろして過ごしました。
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